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(兄ちゃん)
手を伸ばす。一人の夜は怖いのだ。
「に、い」
寝起きの動かない体の癖に頭だけは妙に冴えて全身に恐怖だけが迸る。怖い、怖い、怖い、
「神楽?」
ふと目を覚ますと兄がわたしを見下ろしていた。
「どしたのうなされて」
「………兄ちゃん」
鼻をすする。
パピーもマミーもいなくて、たまに兄ちゃんも家にいないことがある。不安でたまらなくなり、そういうときに何故か昨日遊んだ男の子のお母さんの目つきを思い出したりこの間散歩してたときに感じた視線だとかを思い出すのだ。
「怖い夢でも見た?おいで?」
そんな恐怖にどうしようもなくなったときに限って何故か兄は側にいた。留守にしていてもそうなると兄は側にいてくれていた。なんでわかってんのかなあと思いつつ、兄が開けてくれた布団の隙間に潜り込む。安心感は泣きそうになるぐらい与えられた。その瞬間恐怖は霧消する。
「……神楽?」
は、と目を覚ましたら目の前に困った顔の銀ちゃんがいた。いつの間にか銀ちゃんの布団に入り込んでいたらしい。
「隣ですげえ呻いてたよお前。いつここに入ったの」
「わかんない」
「変な夢でも見たか?」
「…………ウン」
「そうか」
初夏の蒸し暑い布団の中、銀ちゃんは暑いとか文句も言わずわたしを布団に入れてくれた。わたしも暑いと思いながら銀ちゃんの背中にしがみついて恐怖を忘れようとする。
「銀ちゃん」
「どした?」
「……なんでもない」
「じゃあ寝なさい」
うん、とわたしは呟いた。
銀ちゃんの匂いは兄とは違う。それなのに兄と重ねてしまっている自分がいる。
夢より兄を思い出そうとしたことが何よりも怖かった。