a | ナノ



 まあそれがどうした、といった話なのだがとにかく神威はこの頃戦闘にしか興味がなかった。血を欲し暴力を愛す。おいてけぼりを食らったわたしはしらないふりをしていつも通りの生活をしていた。
「……兄ちゃん、聞いてる?」
「うん聞いてるよー」
 戦闘というものから少しでも興味を逸らそうと神威に一生懸命話し掛けたところで聞き耳持つことすらしないので状況は何も変わりやしない。しかも家に帰ってくることもめっぽう少なくなっていたのである。神威が外でいったい何をしているのか、それは嫌でも噂で耳に入ってくるのも苦痛だった。
(神威が悪く言われるのは嫌だ)
(だって仕方ない、それが神威だから)
(でも家に帰ってこない神威は嫌い)
(さみしい)
(さみしいさみしいさみしい!)



 一人きりの夜を何度数えたのだろう、その孤独感に堪えられなくなりそうになるわたしは誰かに構って欲しかった。友人を作ることの出来ないわたしの唯一の話し相手は仕事が忙しい父であり星になった母であり土に埋めた定春であり優しかったあの兄だけだったのである。でもいつの間にか誰もわたしと一緒にいてくれなくなっていたのが、辛い。神威だって同じ心境でいたと思っていたのにどうして離れていくのだろう。





 また一人での夜を過ごしているとふと玄関先で音がしたのに気付いた。誰か居る。
「誰」
 おずおずと玄関を見に行くとそれは父だった。ゴーグルを外し笑顔で、神楽ちゃんただいま、と言ったのだ。わたしは嬉しくて父に飛び付く。
「パピーずっと何してたアルか!寂しかったヨ」
「仕事でね、ごめんね神楽ちゃん」
「すぐ晩御飯用意するアル。卵かけ御飯でいい?」
「お、頼んだ」
 るんるんといった気持ちで卵かけ御飯の準備をする。でも食卓に皿を並べていると、何故か徐々に嬉しかった気持ちが萎んでいくのを感じた。何故だろう。わたしは誰かに一緒にいて欲しいのではなかったのか。
「パピーできたアル!」
 そんなことを考えていることを悟られないように、わたしは明るく振る舞って父の向かいに座った。父は笑って礼を言うと卵かけ御飯を食べ出す。わたしも手を合わせて食べ始めた。
(兄ちゃんもここにいればいいのに)
 そう思ってはっとする。わたしが、構って欲しかったのは、
「神楽ちゃん?」
 わたしは不思議そうな顔をする父に笑いかけると首を振って父の土産話を聞いた。一人じゃない食卓で話も盛り上がって来た頃、父が思い出したようにそういえば神威は、と訊いてくる。心臓がどきりと跳ねた。
「神威は、……あの、」
 口ごもるわたしに父はいや、いいんだとちからなく笑った。
(なんだろう)
 わたしはとりあえずまた卵かけ御飯を口に運ぼうとすると、突然父が表情を強張らせ玄関に出ていく。がちゃり、扉が開いた音がしてそれから雨音がした。(……気付かなかった)そうして久々の兄が父の存在に気付いたのか、おかえりと言うのが聞こえる。父が久し振りだな、と食事のときよりも尖った声音で返事をした。
「親父が今日帰ってくるって聞いてさ、帰ってきたんだ」
「なんで知ってるんだ」
「なんでもいいでしょ?」
「それよりこんな遅くまで、神楽を一人残してどこ行ってた」
「たまたまだよ、たまたま」
 そんな会話を聞きながらも、わたしは神威が帰ってきたことが無性に嬉しくて玄関に飛び出す。しかし雨に濡れた神威はわたしを一瞥するだけで顔を背け、父にちょっと話したいことがあるんだとだけ言うとわたしを置いて外に出ていってしまった。
(兄ちゃん、パピーだけ?)
(わたしだって、兄ちゃんと)
 しばらく玄関でどうしようかと思案していたが、堪えきれず部屋から飛び出すと兄が地面に沈んでいく瞬間だった。突然のことで何が起こったかわからなかったが倒れた神威の下から滲み出た血液の量にさあっとわたしの血の気が引いて、咄嗟に父に駆け寄る。「駄目ヨ!」わたしは叫んだ。そして腕を掴もうと思ったのに、何もない。目に入る地面の父の腕。
「パピー、腕……」
「大丈夫だ、神楽ちゃん」
 父は安心させるようにわたしに言う。その言葉が優しすぎてわたしは怖くなり泣いてしまった。同時にばしゃ、と水の音がしてそちらを振り向くと神威は傷口を押さえながら起き上がろうとしている。そしてへらりと笑ってあーあ、残念だなあと呟いた。
「神楽、お前も、親父につくの?はは、そうだよね、当たり前だよね」
 わたしはどきりとして口を開きかける。違う、と言いかけると兄は首を振った。
「ごめんね、ほったらかしで」
 立ち上がった兄はぺっと血を吐いた。そしてだって邪魔だったんだもんとさっき血を吐いたように言い捨てる。父がなんてことを言うんだ、と怒鳴っているような気がしたが、それよりもわたしは兄に言われたことが理解できず、一瞬固まってしまった。そして久しぶりの会話がこれかあと妙に頭が冷えてしまって涙が止まる。そうしてなぜか笑いがこぼれた。
「神楽ちゃん……?」
 小さく笑い出したわたしに父が不安そうに声を掛けた。しかしわたしはそれを意にも介さないで笑い続けている。いっそ嬉しかった。この瞬間は神威がわたしを見ている。わたしは、ずっと兄に構って欲しかったんだ。



 父が受けた傷も言葉も何もかも、わたしが全て受けることが出来たならどんなに良かっただろう。



人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -