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 朝が来る、これほど憂鬱なことはない。
 毎日毎日昇ったり沈んだりという面倒な義務を課せられた太陽を哀れに思う。
(毎日夜だったらいいのにね)
 幼い妹の頬をつついて言うとそうだねと返された。





 傘を側に、俯いて公園の隅に立っている。溶けかけたアイスの棒を時おり口に含んでいた。
「神楽」
 上げられた顔は輝いたが即座にしかめられる。
 幼かった頃の思い出しか自分は覚えていない。だけどこの間会ったとき無事に大きく成長しているなと思った。何だか羨ましく思える。
「……何でまたここにいるアルか」
 神楽はまた顔を下げる。足元に垂れたアイスに集る蟻をぶちぶちと潰しだした。どこか行けと無言で言っているということは人のことを全く考えない自分でもよくわかる。だがそんな姿を見てしまうと意地でもここにいたくなってしまう自分がいた。
「やー、地球って面白いねえ」
「………」
 また無視される。よくわからない虫の鳴き声がした。不意にあの銀髪のことを思い出す。神楽と一緒だったから多分知り合いなんだろう。
 口を開く。
「お前といた銀髪さ、あれ何て名前だっけ」
 がばっと神楽が顔を上げる。
 神楽の纏う雰囲気が変わった。目の色が強く揺らぐ。
「お前には言わない」
 おーい、いつものキャラなくなってるよー?
「なんで?いーじゃん別に。何もしないよ」
「頼むからどっか行って」
 わたしたちのじゃましないで。
 そう言うと神楽が傘を掴んでこちらに突き出した。ばたりと反対の手に持っていたアイスを落とす。
「早く行って!」
 神楽が叫ぶのと同時に自分の足は動き出す。神楽の手首を叩いて傘を落とした。
「っ」
 痛みを堪えるように唇を噛み締めた様子を見ると、多分神楽の手首はしばらく使い物にならないだろう。一歩近づくと怯えたようにじり、と足を引かれた。構わず近づいて頬を掴む。
「離せヨ」
 聞こえづらい声で神楽は言った。かたかたと足が少し震えている。その足を挟み込んで力を入れた。ぎりぎりと骨が軋む感触がする。
「なんでそんなに反抗するようになったのかな」
 頬を掴む手を緩めた。すると眉を潜めて神楽は言う。
「わたしたちから逃げたくせに」
「……」

 自分の口角が上がるのを感じた。俺に意見するようになってる。誰の影響だろうか。
「パピーは戻ってきてくれたヨ。少なくともお前よりは全然ましネ」
 そう言って神楽は何もしていない手で抵抗を始めた。腹を殴ってくるが神楽はどこか遠慮しているのかあまり痛くないのである。
 そんな相手を気遣う心を持つ情けなさから空いた手を振り上げた。
「!」
 驚いたように目を見開いて神楽は自分の拳を見ている。そしてぎゅっと目を瞑った。
「……あ」
 振り上げた腕を神楽の後頭部に添える。神楽は驚いたのか間抜けな声を出した。上を向かせて目を合わさせる。今日初めて目が合ったと思った。そうして神楽の頬を掴んでいた手でつつく。神楽は拍子抜けしたかのように大きな目をこちらに向けていた。
 されるがままになっている昔触れた柔らかな頬と今の頬は昔と何も変わってなんかいない。これが神楽という生き物だ。それなのに違和を覚える。
「神楽、俺さ、何か変わった?それとも神楽が変わったの?」
 神楽が怪訝そうな声を出した。
「何言ってるネ」
 何も変わっちゃいないと肯定するような神楽のその言葉に少し悲しくなる。悲しいと感じている。
「……変わったのは俺だけなのかな」
 神楽が反抗するようになったわけじゃない。そうさせるように俺が変わってしまったんだ。




 足元には傘と落としたアイスとそれに群がる蟻だけがいる。点々と神楽が踏み潰した蟻の死骸がまた自分達によってばらばらに散らばされていた。ここもある種の戦場だと実感する。
「ねえ神楽、世界がずっと夜だったらいいと思わない?」
 そう尋ねると神楽は首を横に振った。
 その瞬間膝を素早く曲げて自分の腕から脱すると傘を掴んで兎みたいに跳ねて何も言わず振り向きもせず逃げてしまった。




 自分と周りの風景が取り残される。
 がらんどうの公園には色がなかった。
(一度も昔みたいに呼んでくれなかったな)
 そうすべく生きてきたのは自分なのに。
「……あーあ」

 寂しいと感じてしまうのは我儘だろうか。



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