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 雨。雨音が暇潰し。
 万事屋の扉の前で神楽がやってくるのを待つ。
 この扉を開けば、お侍さんと眼鏡野郎がいる。扉にもたれて扉の中の音に集中する。無音。昼寝でもしているのだろうか。と思ったらお侍さんじゃないちょっと高い男の声と共に掃除機の音が聞こえた。ちょっと銀さんもうちょっとしたら神楽ちゃん帰ってくるんですから起きて下さいよコップとお皿でも出してください。うるせーぱっつぁん後はお前に任せたあ。銀さん邪魔です邪魔、そこケーキ置くんですから足乗っけないで下さいよ折角お客さんがくれたやつなのに。悪ぃ悪ぃ。

 「……………」

 神楽がもうすぐここに帰ってくる。それは素晴らしい情報なのだが、この二人は神楽を温かく迎える準備をしている。何となくそれに水を差そうとしている俺の行動は果てしなく最低なもののように思えた。どうしたもんだと立ち上がると、遠くに俺と同じ色をした頭の少女がでかい犬を連れて歩いている。うわ、どうしよう。柄にもなく焦ってしまったが、冷静になろうとする。躊躇いもなく連れ去ればいいんだ。そうだよ、ここで神楽を待って、かっさらえばいい。だが、とうとう扉の前で神楽と鉢合わせた瞬間、その考えは霧散した。

 「…お帰り」

 驚いて声も出ない様子の神楽に無意識に微笑みかける。兄ちゃん、言いかけた神楽の言葉に俺の言葉を重ねた。

 「……中で、二人がお前を待ってる」

 神楽の後ろででかい犬がは、は、と息をしている。それが気を緩ませた。俺は深く息を吸うと、押し殺すように言う。

 「また、今度」

 俺はそのまま踵を返し、隣の民家の屋根に飛び乗って逃げた。神楽としては迷惑で訳のわからない出来事だったのだろう。だが俺としては恥ずかしくて死にそうだった。

 (……何だ、これ)

 家族のようなものを目前にしたこの感情は一体なんだ。無様だなあと思った。



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テーマ「人外ファンタジー」
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