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頭の中、ぐるぐるぐるぐる。
兄ちゃん、恋人が出来たそうだ。パピーからの手紙で知った。
「あっつ……」
銀ちゃんと新八とで吉原に遊びに来ると、銀ちゃんも新八もずっと日輪たちと喋っていたから退屈でひとり鳳仙の墓の前に来た。そうして持ってきていた万事屋で既に読んだパピーからの手紙を広げる。視界に入る海が太陽の光を反射してきらきらしていた。崖の端から足を投げ出して座り込んで、手紙を何度も読み返す。
"ところで噂なのですが、神威に女ができたようですね(笑)"
(笑、って……)
茶化して書いてあるが、この行が目につく。
相手も夜兎なのだろうか。わたしたち以外に生き残りはいたのだろうか。それよりもあの兄が選ぶほどの魅力ある女。どんなものか想像もできない。
(わたし、強くなったヨ)
あの頃よりずっとずっと。たぶん兄ちゃんが残念そうな顔をしないぐらい。
(がんばったもん)
実のところ兄が本当にわたしを殺すだなんて想像もしなかった。だから、強くなったら殺してあげる、という瞬間はただ会えるという約束だと信じていたのに、こんなにも長い間、会いにすら来ないだなんて。
「……今は女が大切アルか」
年を取ったと言うことだろうか。女に溺れた鳳仙と何ら変わらないじゃないか。立ち上がり、鳳仙が埋まる土を蹴る。
「なにやってんの」
不意に声を掛けられてそちらを見る。花を抱えた銀ちゃんがいた。ちょっとそこ退きなさいと言われ素直に動くと先程自分がいたところに銀ちゃんは花を置いた。
「……日輪も律儀なこった」
自分を閉じ込めた奴に花なんざ。
あの時を思い出すように銀ちゃんは呟く。花が風でゆらゆらしていた。
「銀ちゃん」
「んー?」
「兄ちゃん、彼女できたらしいネ」
「へえ」
銀ちゃんは顔を思い出そうとするかのように視線を泳がせる。そしてふとわたしを見て言った。
「何で涙目」
「わかんない」
「…………………」
「…………………」
銀ちゃんは黙ったままわたしの頭を撫でると、そろそろ帰るか?と訊いてきた。わたしは首を振る。するとじゃ、俺向こうで待ってっからと言い先に行った。
波の音が残される。
がさり。
「?」
銀ちゃんのいなくなったここで、また誰かの気配がする。今度は誰だろう、とぐるり周りを見るとなんとにこにこ笑う兄がいたわけで。げ、何アルか。反射的に呟くと迎えに来たんだ、と行った。
「迎え?」
何のことかわからなくて問い直すと顔がぐんと近付いた。身を引く間もないまま、額に温かいものを受け入れる。それが唇だと気付いたのは離れる瞬間の柔らかな音を聞いてからだった。
「俺と一緒にいられるのは、お前ぐらいだなって、改めて」
え、と思って僅か逃げ腰になるとがつっと腰を掴まれ逃げられなくされた。え、また呟く。
額に落とされた唇は兄としてではない?
「……か、彼女いるんじゃ」
隙を探る。逃げなきゃ逃げなきゃ逃げなきゃ。本能が警鐘を鳴らす。うるさいほど。
「……何の話?」
本当に不思議そうに兄が言う。あの親父、嘘つきやがった!
「だから言ったじゃん。俺と一緒にいられるのはお前ぐらいだって」
兄の手がとたんに強くなる。腰が痛くなった。
「待って兄ちゃん、」
わたしたちは兄妹なんだよと訴えるように必死で兄ちゃんと言う。すると兄は笑顔でなに、と言った。意味を成さない訴え。
だめだ。
(わたしは、こんな再会を望んだ訳じゃないのに)
目の前が真っ暗になる気がする。
さっきまでの銀ちゃんとの会話が遠い。
(…一緒に帰るって、言えば良かった)