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どうも自分には配慮が足りない。
「チャイナ」
俺は客間から台所にいるずぶずぶに濡れそぼった頭の彼女に声を掛ける。そいつが肩にかけていたタオルがぱさりと落ちた。それに気も留めずそいつは僅か視線をこちらに寄越すと何アルかと返事をする。返事をしながら冷蔵庫から麦茶を取り出してコップに注いだ。
「久しぶりだな」
「そうネ」
二年ほど彼女に会うことがなかった。
久しぶりに江戸に帰ってきて懐かしく思い会いたくなった彼女は、二年という長いのか短いのか曖昧な歳月の中で随分と変わってしまっていたように思える。
万事屋の旦那は留守で、眼鏡野郎もいなかったらしい。だのに開け放した扉から入りその面子がいると思い込んでいた俺が遭遇したのは風呂上がりの彼女だけで。
(……サド?)
(よう、)
風呂上がり特有の上気した頬と赤い唇が溢した言葉が、なにか昔の記憶の彼女と今の彼女に隔たりを感じさせた。
「仕事の依頼アルか?」
客間にやって来た彼女は髪を乾かそうとせず纏ったラフな部屋着に髪から伝う水滴が落ちるのも気にせずソファに体を預けた。
「そうなら銀ちゃんに伝えとくヨ」
「いや、違う」
「じゃあ何の用ネ」
「用はないんでィ」
「だったら来んなヨ」
「ごもっとも」
こんな雰囲気で話せる友人、つまり気を許せる友人。他にもいる気がするが、こいつだけはなにか違う気がしていた。だが。
(話辛ェ)
何かが変わった気がするのだ。彼女はすでに少女ではない。
「…………」
黙りっぱなしの俺にしびれを切らしたのか、彼女は立ち上がってどこかに消える。どうすりゃいいのかわからなくて誰もいなくなった部屋で頭を抱えているとすぐに彼女が戻ってきた。そうして万事屋に仕事を依頼しにきた客にするようによく冷えていそうな飲み物を俺の前に置く。きっとさっき台所で注いでいたものだろう彼女のことだから、忘れていたに違いない。
「……サンキュ」
知らぬ間に俺の口はからからに渇いていて、それにそっと手を伸ばすと口をつけた。やはりそれは麦茶だった。
「なあ」
勢いよく嚥下する俺に彼女はいきなりおかえり、と言った。
「ぶはっ」
思わずむせて咳き込む。彼女のそんな発言は至極珍しい。驚いていると彼女はにやっと笑って元気してたかと言った。その笑顔は昔の彼女と違わず愛しいものだったから俺は一気に訳がわからなくなるほど嬉しくなって彼女に手を伸ばす。
「何アルか」
ぱっと逃げられて我に返った。ああ俺らしくない。
「……やっぱちんちくりんだなと思ったんでィ」
頭を殴られた。
やはり自分にはどうも配慮が足りない。