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微かもしんない
そして現在から四年後ぐらいの未来設定
誰だって楽しいことは嫌いじゃない。
わたしだって例に漏れず楽しいことが大好き。
わたしにとって楽しいことはたくさんありすぎて、銀ちゃんは困った顔してた。お前は何やっても楽しそうだな。えへへ。そんな会話を繰り返す。
兄と再会したことはわたしにとって楽しいことなんかじゃなかった。
久しぶり、と言われたって何にもテンションが上がらない。もしパピーとかだったらテンションだだ上がりしていた。兄との再会は不快なものだと全身で顕著にする。
「じゃ」
即行踵を返したわたしの手首を兄はまあ待ってよと掴む。放して欲しいアル、出来る限り冷静に言うと兄は楽しそうに無理だと言った。
兄にとってはわたしとの再会は楽しいことだったらしい。
「……何で無理アルか」
尋ねると兄は笑って江戸を案内して欲しいと言った。
「観光で地球にいるアルか?」
「まあそんなとこ」
「ふーん」
それぐらいなら構わないだろうと思ったので、わたしは公衆電話を見つけると銀ちゃんに電話をかけて今日は遅くなる旨を伝えた。
かぶき町を出て、わたしが知る限りのいい場所を案内する。ふと我に返ってなんでこんな奴に自分の好きな場所教えてるのだろうと思ったけど後の祭りだった。そのまま決行。兄はやはり楽しそうにしている。ひゅうと生ぬるい風邪が通り抜けて、なんとなく今の季節に似つかわしくない夏の香りがした気がした。
「兄ちゃんはどこに泊まるアルか?」
空が黒く染まり始めた頃にはすっかり何だか昔に戻った気がしてわたしは兄にそんなことを訊いていた。兄と一緒に暗い道を歩きながら兄は実は、この辺の旅館とってるんだよねと言う。兄にとってわたしはちょうどいい道を使ったんだなあと何とも言えない嬉しさが込み上げてきて、それなら良かったアルと言ってしまった。
そうして、旅館の前に着いてばいばいしようとしたところ、突然兄が一緒に泊まるかと訊いてきた。純和風の決して銀ちゃんたちとは泊まれそうにない高そうな旅館で、入ってみたいという衝動に駆られ頷いてしまい、気が付けばその旅館のおいしいご飯を食べてきれいな露天風呂に入りその旅館の浴衣を着て兄と布団を敷いていた。
「俺一人しか予約してなかったから一組しかないんだよね」
わたしは自分を抱き締めて布団に転がる。
「ぎゃー襲われるヨー」
兄はそんなわたしを見てくつくつと笑った。
「……兄妹なんだから、何も起きないに決まってるでショ」
わたしは起き上がり兄に向かって微笑んだ。そんなことわかってる。わかってるからこそそんなことを言ったのだ。
「…冗談に決まってるアル」
そうだね、兄は言うと窓を開けに立ち上がった。開いた窓から昼間のように少し冷えた風が入り込んでくる。気持ちいいなあと思っていると、兄がわたしの隣に座って頭を撫でた。
寝よっか。
わたしは頷くと兄と一緒に布団に潜り込んだ。
何も起こらないとお互いわかっていたのに、知らない間にわたしは兄の上に乗っかっていた。その行為は兄と再会してから最も楽しいと思える。夢中で兄を探りながら、背中を伝う汗が窓から吹き込む風で冷やされて少し寒いと思った。兄はそんな中で、ぽつりぽつりと話し出す。
「…俺さ、あとちょっとしたら、どっか知らない国を襲わないといけないんだよね」
「……へえ」
兄はわたしを見上げる。そしてころんと転がると兄がわたしを見下ろした。
「…その国さ、かなり強いみたい。正直楽しみなんだけどさ、何だかね、今までにない不安があるんだよ」
「…不安?」
「そう、不安。だからさ、なんとなく今の内に遊んどこうって思って、ここに来たら神楽に会えた」
兄が少し動く。わたしは兄にしがみついてらしくないネと言った。
「兄ちゃんが不安になるなんて、ありえないヨ」
「俺もそう思う」
そう言って兄は微笑んだ。
その途端、頬に冷たいものが当たる。
(……泣いてる?)
兄が柄にもなく泣いているように見えた。あれ、と思って兄の頬に手を伸ばす。やはり濡れている。兄が泣いていた。
楽しかったはずの今が、悲しみに濡れていく。
「…兄ちゃん?」
声を掛けると、兄が抱き締めてきた。そしてごめんと呟くと皮膚と皮膚の隔たりをなくすようにすがってくる。瞬間喉が鳴って兄の首に腕を回した。
せめて楽しい今を、生きたかったんだ。
耳元で兄がそう言った気がした。
思わずわたしも何だか泣きそうになって、ありえないけれどこのまま、兄が死んでしまえばいいと思った。
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さよならの嵐
あっけらかんとしつつシリアスでねっちょりな兄神が書きたかったけどどれにも当てはまらない悲しい(´・ω・`)