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沖神
事務所の扉がかららと開く。銀時は先程ジャンプを買いに出掛けていった。新八はハーゲンダッツを買いに行った。だから神楽が留守番をしていた。ので、一人きり事務所に残された神楽はその二人が帰ってきたのかと思いお帰りと飛び出して玄関に出ていったのだが、事務所に入ってきたのはなんと沖田だった。
「お」
「ぎゃーっ」
二人は同時に反応したが、臨戦態勢をとる神楽の行動とは裏腹に沖田は普通に玄関を上がり普通に部屋に入り普通にソファに座った。
「な、なにアルか」
沖田はじっと神楽を見るとおもむろに口を開いてここは客に茶も出さないんですかィと呟いた。
「…なにかここに頼みごとでもあるアルか」
神楽は茶を作れない。
早く新八帰ってこい!そう思うが一向にそんな気配はない。開け放たれた窓から春の鬱陶しいほど明るい光と、まだ冬の名残を思わせる冷たさを孕んだ風がびょうびょう流れ込んでくる。銀時の机の意味のあるようなないような書類がばさばさと音をたてて飛んでいった。
「チャイナ」
茶、と言う沖田を神楽は睨み付けると冷蔵庫から冷えたペットボトル入りの麦茶と棚からひやりとした透明なコップを取り出し沖田が座るソファの前の机にどんと置いた。
「あとはセルフってことかィ」
沖田はしばらくペットボトルを見下ろしてこんな寒い中冷たいモノ飲ませようってかィと呟いた。
「こんなもん飲めやせんぜィ」
「……は?」
「作れよ」
神楽は沖田の態度の大きさに切れそうになったが、どうやら沖田は客として来ているようだ。
「……分かったアル。でも用件言ったらすぐ帰るヨロシ」
神楽は台所に立った。
「もう湯?湯………アッチィィィィ!!」
沸騰しかけたやかんに触れてしまった。すぐ蛇口を捻って出した水に手を突っ込んだがじんじんと痛い。そのままにしているとやかんの水が沸騰して吹き零れてしまった。火を止めないと、と手を伸ばすとかちり、と音がして火を消される。
「何やってんでィ」
沖田が来ていた。
「お前はほんと駄目だな」
茶っ葉ここですかィと適当に後ろの棚を開いてうまくパック詰めのそれを見つけるとそのままやかんに放り込んだ。蓋をして蒸らす。
「客を待たしちゃあいけやせんぜ」
ましてや茶ー作らせるなんてねィ、沖田はぶちぶちと文句を溢す。神楽はぼんやりそれを聞いていた。
「………」
「どした」
「人様ん家で何でかいツラしとんじゃいコルァ!客は客らしく待っとけばいいアルよ!」
水から出した神楽の指は赤く腫れている。火傷。神楽の顔は真っ赤だ。
沖田は笑いだした。
「お前そんな不器用ででかいツラできんなァ」
神楽は反論しようとしたが沖田が嘲笑でなく心から可笑しくて笑ったようにするので羞恥心に黙り込んでしまった。唇を噛み締める。
「…泣くなよ」
「泣いてねーヨ」
珍しく困った様子の沖田が茶を差し出してきた。
「ほら、熱いから気を付けろよ」
神楽は沖田を睨むと茶を受け取りそろりと口をつける。
「…熱い」
「うん」
茶葉はいつもと同じなのに、蒸らす時間がいつもと違うらしくいつもより苦い。
「…苦い」
「そうかィ?」
「へたくそ」
「お前に言われたくねーよ」
神楽はちびちび茶を台所で子供のように飲んだ。そろそろ銀ちゃんと新八が帰ってくる。
「…お前、仕事の用件は何アルか」
沖田は茶から口を離すと首を傾げた。
「忘れた」
玄関で銀時と新八が話しながら帰ってくる音が聞こえた。