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あの時のように神威はわたしを置いていこうとしている。
「弱い奴には、」
興味がない、アルか。
言いかけた神威の言葉を紡ぐ。神威は驚いたように目を見開くと薄く唇を歪ませて笑った。
「…そうだよ………」
あの時のように雨が降っている。神威は振り向いてこちらを見上げているようだが、やはり目元は傘に隠れて見えなかった。
「お前は弱い……」
叩きつけるような土砂降りの雨。
神威の言葉を掻き消していく。
わたしは泣いていなかった。
行かないでなんて弱いことは言わない。絶対言わない。
「行けばいいヨ。お前なんて」
ばしゃばしゃばしゃと足元を湿らす雨に、自分の発した声まで掻き消されていく。神威に今の言葉は届いただろうか。どうだろうか。
「……言われなくてもそうするよ」
神威の声がぽつりと耳に入った。なんだ、聞こえてたのかヨ。
舌打ちするとその音まで神威の耳は拾ったらしい。彼は肩を震わせて笑っているようだった。
「ばいばい神楽。強くなってね」
神威は一歩踏み出す。あばヨ神威。わたしは体の向きを変えると神威に背を向けた。
そうして聞こえるであろう神威の足音を待ったのだが何も聞こえない。どうして、そう思って顔の向きを戻すと兄の背中は今だそこに佇んでいる。まだいるじゃねーか、「神威」。
神威の手からばさりと傘が落ちた。一瞬で神威は濡れていく。そうしてこちらを見た。
「……、」
神威が何か言ったが聞こえなかった。
「神威?」
水浸しの兄。声を掛ける。
神威は相変わらずの笑顔で言った。
「…俺はね」
雨の音が遠ざかる。
「ひとりにならなきゃ駄目なんだ」
笑顔が泣きそうだなんて初めて思った。
駄目だよ神威。どうしてそんな顔するの。
「…ばいばい」
神威は傘を拾うと濡れながら歩いていく。雨の音が強くなった気がした。
「神威……」
泣いてしまうだなんて弱いことはしない。そう思ったのになんでか涙が止まらなかった。
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苦しいことがあっても兄は何も話さない
そんなにわたしって頼りないのかな
神楽に弱味を見せないと思います神威って^q^