a | ナノ



 神楽はじとりとした目でうつ向き続けている。どっかの高そうなレストランを選んで連れ込んだが表情は晴れなかった。

 「…………」

 「そんな顔しないでよ」

 「…………」

 「せっかく久しぶりに兄妹で飯食えるのに」

 いくら話しかけてもガン無視される。

 「…………」

 「神楽なに食べる?やっぱ肉?なんでもいいよ」

 そう言うとゆるりと顔を上げて神楽は言った。

 「………お金は」

 「ん?」

 「お金は」

 なんかすごい凄まれている。
 俺はへらへら笑いながらそんなもん持ってないよと答えた。

 「……春雨の名前使ってタダ飯食う気アルか」

 「………」

 俺が黙るとじゃあ帰るネと神楽は立ち上がろうとした。

 「あー、」

 俺が声を出すと神楽は振り向いた。

 「後で阿伏兎に払わせとくから」

 「そう」

 神楽は再び席に着いた。
 そうしてメニューも見ずお茶漬けが食べたいと言い出す。

 「いっつも作ってくれるアル。たくあんとか鮭とか色々添えたやつ」

 「誰が?」

 「……………」

 (また黙るのか)

 俺は笑顔を崩さずに訊ねる。

 「…お侍さん?」

 「放っとけヨ」

 無愛想な神楽になんか無性にいらっときた。
 つかこの店洋食なんだけど。なんでお茶漬けとか無茶言うかな。

 「……神楽、俺を怒らせたいの?」

 「怒りたいのはこっちヨ!」

 突然語尾を荒げて神楽は立ち上がった。

 「いきなりこんなトコ連れてこられたって嬉しくないネ……」

 神楽は力が抜けたように椅子に座り込む。そして机にうつ伏せて黙ってしまった。
 と同時に俺の顔面の笑顔が崩れるのがわかった。

 「ごめん」

 謝っても神楽は黙ったままだった。

 「…ごめん」


















 勝手に俺が注文したステーキを神楽は食べている。さっきから沈黙を守り続けるこの空間で俺は口を開いた。

 「……俺さ、生まれ変わったら神楽の弟になりたいな」

 俺が突拍子にそんなことを言ったもんだから、神楽が変な顔をしてこちらを見る。

 「……なんで」

 「だってさ、俺は俺みたいな兄貴はやだもん」

 「………」

 「神楽は俺なんかよりいい姉貴になるんじゃないかな」

 俺が笑ってみせると、神楽はわたしはお前みたいな弟は御免ヨといった。まあその通りだろうなと少し悲しくなる。




 「………やっぱ神楽は俺のこと嫌いなの?」

 一人言のように思わず呟いていた。神楽はステーキを食んだまま顔を上げる。そしてぽろりとステーキが落ちた。

 「神楽?」

 「え?…や、…あ」

 「………………」

 「………………」

 「………………」

 「………………嫌いじゃない」

 「え?」

 「嫌いではないアル」

 「……ほんと?」

 神楽は皿に落とした肉の欠片を箸で摘まんで口に放り込む。そして、でもと続けた。

 「俺みたいな兄貴はやだとか、そういうこというのは嫌いネ。そうやって逃げないで、ちゃんとわたしの兄ちゃんとしてあってほしいヨ」

 「………そっか」

 その一言で胸の中に何か一滴落とされた気がした。それが傷口に染みるような感じがする。それは何だか戦場で受けた傷よりもひどく痛む気がした。

 (兄ちゃんとして、か)

 「神楽」

 水を飲み込む神楽の横に移動すると、肉と一緒に頼んだ俺のパフェをスプーンですくって神楽に差し出した。

 「……わたしの分、あるヨ」

 怪訝そうに言うので俺は兄ちゃんだから、と有無を言わせず口に突っ込んだ。

 「うっ……」

 パフェを飲み込むと神楽はそーゆーこと言ってんじゃないアルよ!と顔を真っ赤にして俺の腕をばしばし叩いてきた。俺は笑ってうやむやにして、こんなことしかできないんだよなあと考えていた。



「#ファンタジー」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -