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「力作ヨ」
 神楽が紙袋から取り出した小さなピンク色の袋に入ったそれを俺は受け取る。よくわからないが、感触が何かの焼き菓子のようだった。マドレーヌとか、そのへんだろうか。
「え、くれるの?」
「ウン。それじゃ、わたしは行くアル」
「ちょっと冷たいよ神楽、会ってから五分も経ってないと思うんだけど」
「そんなこと言われても、わたし、これからパピーに送るために郵便局行かなきゃだし万事屋の皆も待ってるのヨ」
「これくれるの、俺だけじゃないの?」
「何言ってるアルか……」
 心底呆れたといったような表情を、神楽はする。まあ予想していたことだったけれど、俺はわざと心底驚いたといったような表情をしてやった。しかし神楽は俺がそんな態度を取ることを予想していたのか特にリアクションなんてとってくれやしなかった。
「手作りのお菓子は鮮度が大切ネ。じゃあね」
「待って待ちなよって」
 走り出そうとした神楽の手首をいきなり掴んだので神楽はつんのめった。そのまま俺の方に引き寄せて、腹の辺りに腕を回しホールドする。
「わた、わたし!お前が地球に来なかったらちゃんと送ってやろうとかぐらいは考えてやってたアルよ!」
「えーそこは俺のとこまで来てくれなきゃ。いつも俺ばっか来てるじゃんか」
「わたしはお前より行動の範囲が狭いネ、お金とかないしまた宇宙船にしがみつけってか、アレ苦しいのヨ!」
「そこまで言ってないって」
 笑いながら神楽の手から紙袋ごと取り上げる。
「ぎゃっ、袋返せヨ!」
 ぎゃあぎゃあ喚く神楽を押さえつけながら袋の中身を数える。
「俺がここまで来てやった手間賃含めたらこれで丁度かなー?」
「な、今日は仕事だから地球に来たって言ってたはずじゃ……」
「嘘に決まってんじゃん今日は有給取ってきたんだよ」
「……そうまでしてバレンタイン期待してたアルか」
 紙袋の中身をカウントすると八個ほどあった。地球では女子から男子に渡す以外にも、友チョコとかいったそんなわけわかんないイベントがあるらしいが、この八個のうち、幾つが男の手に渡るのだろう。
「……全国の男達が、一度は夢見るイベントなんだよねえ」
 言いながら紙袋を返してやると、神楽は少し拍子抜けした顔をした。
「じゃね、アリガト神楽」
 残った時間は適当に遊んで潰すことにしよう。神楽から離れて歩き出した。
「……に、兄ちゃん!」
 暫く歩いてから、神楽の声が遠くに聞こえてそれから、荒い息遣いが近付いてくる。振り向くと同時に掴まれる、俺の肩。目の前にさっきの紙袋があった。
「……そんなに、言うなら、みんな、やるヨ!持っていくがいいネ!」
 そう言い捨てて神楽は走り去っていった。袋の中身を見る。さっきと変わらない中身。しかし、あることに気付いた。
(小袋が違う)
 中身の見えない俺の袋と、透けた淡い色の他の人に渡すはずだったらしい袋。俺以外の袋の中身は、大小様々なチョコレートが入っていた。俺の袋の中身は?思わずがさがさ乱暴に暴いた中身。
「……ははっ!」
 歪な形をしたチョコレートケーキに思わず笑いが込み上げる。ハートのつもりだったのかなあ、素直じゃない奴!もっとちゃんとあいつのこと、見てやればよかった。あーあ、なんでいつも微妙にすれ違ってしまうのだろう。



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