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 OL姉高校生弟パロ





 ただいま、と靴を脱ぎながら家に入ってくる神楽に対する違和感は未だ拭いきれてはいない。
「最近化粧するよね」
「ほっとけヨ」
 会社勤めをする神楽は、高校生だったときと変わらずいつも牛乳瓶の底を貼り付けたような眼鏡をしていて髪の色こそ目立つが地味であることには変わりなかった。しかし一度、眼鏡なしで帰ってきたことがあったのである。「コンタクト届いたのヨ」だそうで、風呂上がりなど神楽の眼鏡を外した姿は見慣れてはいたが改めて華やかな顔をしていると思った。その日以来神楽はずっとコンタクトレンズで、その上化粧もするようになってしまった今に至る。
(個人的には、あんまりよくない)
 神楽の美しさは俺だけが知っていたのに。





「姉ちゃん」
「なにヨ」
「風呂、どっちから入る?」
「あー、どっちでも」
「じゃあ俺が後でいい?」
「わかったアル」
 ありがとう、と言って神楽が脱衣所に消えた。間を置いて俺は後を追う。といっても脱衣所はダイニングと隣接しているので数歩だけ。俺は脱衣所の外側の扉にもたれてじっと中の音に耳を済ませているとちょうど小さくシャワーの音が聞こえてきた。鼻唄も聞こえてきて、それが俺の知らない旋律なのがどうしようもないくらい切ない。
「わあっ」
 突然悲鳴が聞こえ物思いに耽っていたところだったので思わず心臓が縮んだ。それからがしゃ、と物音がしてずん、といった痛そうな音が聞こえる。俺は咄嗟に脱衣所の扉を開け、風呂場の扉を開けた。
「ねえちゃ……」
 いたた、と声を漏らしながらこちらに背を向けて座り込んでいる華奢な背中。左手で腰を押さえている。恐らく転んだのだろうと思われた。神楽はすぐにこちらを向いてまたわあっと叫ぶ。
「な、かむい……」
「すごい音、してたから」
「だ、大丈夫だから、アリガト」
「腰打ったの?」
「あ、大丈夫だってば」
 着ていた服が濡れるのもいとわずに、神楽の、自分より小さな後ろ姿をわざわざ抱き締めるようにして腰に触れた。クーラーの効きすぎた部屋にいたもんだから、俺の指先は冷えきっていて神楽の体がその冷たさのせいだろう、びくりと跳ねた。冷やした方がいいよ、と指先をさらに押し付ける。柔らかい肉の感触がして、俺はなんだか興奮しているようだった。濡れた神楽の髪が俺の鼻先に張り付いて甘い匂いをさせる。紅潮した首筋に、無意識に口先を寄せかけた瞬間、
「神威、もう平気だってば!」
 神楽がそう叫び、俺ははっと我に返る。隠すように胸元に手をやって神楽は涙目で俺を見つめていた。
「……ありがと」
 そう言うと目を伏せて、神楽は俯いた。これ以上何かするのも気が引けて俺は、ばらばらな上半身と下半身を引きずるようにして風呂場を出た。





 指先の感触が頭から離れなかった。とりあえず俺は未成年にも関わらず神楽の好きらしい極めてアルコール度数の低い酎ハイを開けて、さっきのことは酔っぱらっていたことにしようと思った。



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