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 銀時は仕事で忙しく朝にならないと帰ってこない日が続いていた。新八は夜になると家に帰ってしまうのでこの頃夜は一人なのである。寂しいと思ったことはないが、何故かわたしは眠れない夜が続いていた。



 残更時、ふと目を開く。眠れないと先程まで思っていたがいつの間にか眠っていたらしい。鈍く頭が痛むまま、押入れの襖を開くと規則正しい呼吸で眠る兄がいる。久し振りに結われた髪が解かれた様を見た気がした。柔らかく枕元に広がる淡い色をしたそれは窓から射し込む青白い月光にしらしら照らされている。こんなにも穏やかに眠りやがって、お前のせいでわたしは眠れやしなかったのに!しかし兄を責めたところで実際兄だけのせいではない、だがそう思わざるを得ないまま水を飲みに押入れから降りると兄の側を横切り台所へ行った。今この空間には兄とわたししかいない。銀時は仕事で新八は家で、偶然とわかってはいたがわたし独りというこんな時機に、兄が突然泊めてと軽々しく万事屋に来るだなんてあんまりだろう。

 水を飲んで一息、再び寝床へ戻ろうとするとさっきまで眠っていたはずの兄が立ち上がってわたしの眠っていた押入れの中をぼうと覗き込んでいた。思わず気が抜けて何やってるアルかと尋ねると、こちらを振り返って兄が安堵したようにどこ行ったのかと思ったと言う。寝惚けてるなあと思いつつ兄の隣をすり抜けて押入れに入ると突然肩を掴まれて折角入った押し入れからぼす、と兄の腕の中へ落とされた。そしてわたしもろとも兄が眠っていた布団へ雪崩れ込む。兄の体温が残った布団は温かい。一瞬眠気を誘われたがそれでこの状況を誤魔化されてはいけないと足掻いた。うっと兄が小さく声を漏らしたのを聞いてしまったあたり、兄の痛いところにわたしの腕だか足だか当たったらしい。そのまま逃げようと転がろうとすると兄のくすくす笑う声が聞こえてわたしを俯せにして兄が覆い被さってきた。完全に密着しきって身動ぎすら出来ない、もうどうしたって抵抗は出来やしないらしかった。

 「兄ちゃん目を覚ますアル。何なのヨ」
 「起きてるよ。いーじゃんスキンシップぐらい、兄妹なんだし」
 「良くない」

 唯一僅かに動かすことのできる首を曲げて前方を見ると暗闇に慣れてきた目が月光を捉えた。そのまま兄の表情を窺い知ろうとするとふと背中が軽くなり、やっと解放されたのかと思っているといきなり仰臥させられ顎の下に手を差し込まれた瞬間唇を塞がれる。反射的に声を漏らし首を捻って逃げようとしたが出来なかった。しかしお互い唇を閉ざしたままの、何ともいえない静かな、ただ少し胸が締め付けられるようなキスだった。
 そうして長いような短いような時間をその状態で過ごしやがて兄の唇が離れる。どうしてこんなことをしたのだろう、と兄を見上げると兄は間もなく目蓋だとか鼻先や頬、とにかく顔中に触れるか触れないかの間際の感触で唇を落としてくる。長い間忘れていた兄の匂いに懐かしくなり、更に普段の兄からでは考えられない優しさを孕んだその行為に何かせり上がってくるものがあったので、思わず泣いてしまった。

 「ごめんね、神楽」
 「何が」
 「だって泣いてる」
 「違う、これは」
 「ごめん」

 兄の指先がわたしの頬の滴を払う。そして柔らかく微笑まれると、いつの間にかわたしは兄にしがみつき小さな子供のように泣いてしまっていた。兄の手が背中を撫でている感じがする。なのにふと気が付くと部屋は明るくなっていて、体を起こし窓の外を見ると太陽の位置が明らかに高いところにあったので知らぬ間に昼になっていたことを知らされた。兄の姿はとうになくなっていた。

 (めっさ寝てしまった)

 目を擦りつつ居間へ向かうと銀時が朝飯か昼飯かを作っている。おはようと声を掛けると銀時は振り向いてよく寝てたなあと笑った。

 「お前俺の布団で寝てんだもん、ソファで寝たから体痛いよ神楽ちゃん」
 「押入れがかび臭かったのヨ」
 「マジでか。なら後で掃除しねえとなあ」

 とっさの嘘だったが特に気にしていない様子の銀時は、簡単な料理を食卓に並べ食べようと言う。手を合わせて、いただきます。よく眠れた後の食事がこんなに美味しいだなんて、思わなかった。

 (それにしても、何で兄ちゃんはここに来たんだろう)

 兄のやさしい唇を思い出す。どうしてかひどく安心してしまっている自分がいて、仕事落ち着いたから新八と三人でどっか行くかと言った銀時の言葉をうっかり聞き流してしまっていた。



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