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「先生」
名を呼ぶとふらりと振り向く。何やってるアルかと言うと、お前こそこんな時間にどうしたと言われた。
「もう八時だぞ」
「日直で日誌書きながら寝ちゃって、気付いたらこんな時間になってたヨ」
「お前のペアは?」
「帰っちゃった」
「じゃなくて名前」
「沖田」
「薄情なヤローだな」
「それが沖田」
嘘だった。日直だったのは本当だが、少なくとも眠ってしまっていたらこんな時間になる前に見回りの先生に起こされる。わたしは銀八が屋上に出入りしていることを知っていたのでずっと隠れていたのだ。しかし銀八は何も追求してこないので、そういうことにする。少し寂しくもあるが。
銀八が煙草の煙をふうと吐く。先生、屋上って立入禁止じゃないアルか。言うと今お前も入ってんじゃねーかと言われた。
「まー教師の特権だな」
見晴らしのよい屋上で街の明かりを見下ろす。煙草の煙に少し噎せた。そんなわたしを見て銀八が笑う。
「煙草、苦手か」
「煙いアル」
「吸ってみるか?」
手元の煙草をちらつかせて銀八が言った。教師が未成年に何言ってんだ、と思ったが煙草に興味があるのは事実だった。小さく頷いて銀八の手元に顔を近づける。煙草に唇を付け掛けた瞬間、ぱっと頭を押さえられて停止させられた。何事かと見上げると悪戯の成功した子供のような表情をした銀八がいる。
「冗談に決まってんだろー」
わたしは思わず腹立って、銀八の手元に噛み付いた。ぎり、骨の感触がして、銀八がいてえと呟いたのでようやく口を離す。歯形が残っていて、少し痛そうだと思った。でも銀八は怒った様子もなくわたしの頭を撫でて、もう遅いから帰り送ってやるわと言う。ありがとうとわたしが言うと銀八は頷きわたしの背を押すので屋上を出た。そして名残惜しさに後ろを振り返ると、銀八の煙草の灰の跡がある。確かにわたしたちは今ここにいたんだなあ、と思った。
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恋愛お題ったー様より
(夜の屋上)(噛み付く)(跡)