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鹿乃さんの隣に座り、同じ月を見ている。正しく言い表すならば、俺は鹿乃さんを見ている。これは夢なのだろうか。
何に対して納得し、俺の隣に座って月見をする結論に至ったのかがわからない。聞きたいけれど、聞けない。何より、月見を楽しむ鹿乃さんの邪魔をしたくない。
人知れず頭が混乱した後に、また混乱を招くような出来事が始まっている。ここで、恥の上塗りをしないように、冷静さを取り戻そうとしている。無理矢理にでも、落ち着くことで、心地好い風を肌に感じられるようになった。素晴らしい月夜だ。
すでに、俺が尻餅をついたことも、可愛らしいNG集の1コマとして過ぎ去ったに違いない。重要なのは本編だ。今が本編だ、と何度も言い聞かせる。
「……脚」
沈黙を破ったのは、鹿乃さんだった。
「そんなに印象深いNGシーンでしたか」
つい出てしまった脳内会話の延長に、鹿乃さんは首を傾げる。気にしないでくださいと、半ば強引に、俺は鹿乃さんの話を促した。
「……脚、痛い?」
「だ、大丈夫です。お気遣いなく」
「……そう」
あっさりと会話は終わった。鹿乃さんが、再び空を見上げたからだ。
さっきまでの月は移動し、また薄い雲に隠れていた。雲は丸い光を映し、ぼんやりと明るい。鹿乃さんは潤んだ瞳で、ずっと空を見ている。退屈していないということなのだろう。
「本当に綺麗ですね」
月に向かって言ったのではない。意図して抜いた主語に、鹿乃さんが気付くはずがない。
それでも、鹿乃さんは首を縦にふる。髪が風に揺れる。全てを目に焼き付けてしまいたいと心から思う。
「遠すぎです」
鹿乃さんは頷く。反射的に首を縦にふるだけなのではないかと不安になる。
再び、月が顔を出す。そっと右手を伸ばし、月の縁を人差し指でなぞる。時計回りに円を描けば、すぐに指は元の位置に戻る。
「届かないですね」
陳腐な台詞に苦笑しつつも、返事を待った。
「……好き」
しばらくして、得られた言葉は想像を越えていた。
当てのない会話に、爆弾が落とされた。
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