白く長い髪のあの人は突き進む。あどけない外見には不釣り合いなほどの鹿の角が、確かに前進している。いつもの軽い足どりは、彼女の背よりも高い草によって妨害されている。俺から見えるのは、陽に透けてしまいそうな髪と角だけ。


 今日もハラハラさせられる。
 相変わらずの薄着だから、あの白い肌は容易く傷を作る。すでに、行く手を阻む雑草どもに細かい傷をつけられているだろう。きっと虫にだって噛まれるだろう。今は、髪の毛があろうことか雑草どもにも絡まってしまったようだ。いつだって、それらに構わない。切り傷は放っておき、毛の絡まりは自らで千切る。傷つくことも、汚れることも厭わない。呆れてしまうほどに、俺とは違う。大地を踏みしめる勇気すら、俺は持たないのだから。
 空中から、一定の距離で彼女を見ている。彼女を切りつける雑草にすら、嫉妬してしまう。風に乗る草のにおいを、誰よりも憎む自分が情けない。


 彼女の見つめる先は、あやふやな飛行物体。俺ではない。蝶と呼ばれる「虫けら」の一種だ。
 蝶の何が良いのかと問えば、「じゃあ、私の何がいいの」と彼女は応えるだろうか。柔和な表情が歪み、俺を蔑んでくれるだろうか。赤い瞳を、少しでも俺に向けてくれるだろうか。




 眼前がオレンジ色に染まりだす。日が傾きかけていることと、彼女を見失ったことへの不安が溢れ出す。そして、僅かな安堵も顔を出す。彼女への思いは、自分を陥れ全てを壊してしまいそうだ。

 彼女のいない草むらに降りていく。彼女の背丈より高い草は、俺をすっぽりと隠している。青いにおいがより一層強くなる。ざわざわと風が草を撫でる音が俺を掴んで離さない。広がる緑色に飲み込まれ、消えてしまいたい。うずくまり、そっと息を止める。


そうすれば、
いつか彼女に触れるだろうか。


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