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 声のほうを見ると、紅い髪を後ろに束ねたベニアが佇んでいた。顔の半分は刺繍の施された黒い布で覆われているが、開かれた左目はシュクルを射抜かんばかりに見つめている。
 固まったままのシュクルに、溜息を吐いたベニアは再び話しかける。
「鈍臭いことしてんじゃないわよ!アンタ、ずっとそこでへばってる気?」
 荒っぽい言い方に、シュクルはまた委縮してしまう。
「だいたい、命の恩人に挨拶も無いわけ?」
 馬車に轢かれかけたときのことが、シュクルの頭をよぎる。
「あ、ありがとう。……こんばんは」
「何もかもが遅いわよ!」
 何がそんなに彼女を苛立たせるのか、シュクルにはわからない。


「ベニア、もう少し優しく言ってはどうかしら?誤解されてしまいます」
 ベニアの後ろから、優雅に歩を進めるマナエンの姿が見える。白い花が描かれた藍色の見慣れない衣服を纏い、ラベンダー色の髪には衣服に描かれている花と同じ形をした銀の髪飾りが揺れている。

「……きれい」
 シュクルが呟いたマナエンへの賛辞に、何故かベニアが得意げになった。
「綺麗なのは当たり前よ、マナエンだもの!特別な日のマナエンが拝めることに感謝なさい!」
「ベニア、そんな感謝は要りません」
 マナエンは嬉しそうに、ベニアの隣りに立つ。
「綺麗な服でしょう。これはニッポンの浴衣という民族衣装です。夏のお祭りによく着るそうですよ。今日のお祭りの記念に着付けていただきました。ベニアも……」
 マナエンはどこか寂しげに、ベニアの羽織っている真っ赤な花が散る黒色の布地に触れる。どうやら、ベニアが羽織っているものも同じ浴衣というものらしい。

「ベニアも着ればよかったのに」
「だって、そんな恰好じゃマナエンを守れないじゃない」
 シュクルに噛み付かんばかりだった態度が、マナエンの前では拗ねたような態度に変わる。たしかに、マナエンの衣装は帯がきつく締められており窮屈だ。また裾が大きく広がらないため、歩幅も小さくなる。

「でも、私はベニアの浴衣姿が見てみたかったわ」
 悪戯っぽく言う主に、ベニアは照れ臭そうに目を伏せる。すると、未だ座り込んだままのシュクルと目が合った。シュクルは二人の会話に口を挟まず、じっと見ていたのだった。


「何、ぼけっと見てるのよ!早く立ちなさい!」
 恥ずかしさのためか、ベニアはさらに語気を強める。
「あそこに水道があるから、さっさと膝を洗ってきなさい」
 ベニアはシュクルの頭を掴み、無理矢理に水道のほうに向かせる。乱暴なベニアに震え上がったシュクルはすぐさま立ち上がり、蛇口に向かって走っていった。
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