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 客足が落ち着いた頃を見計らい、ジャンは「たい焼き」を二人にサービスした。
 空は暗い色に変わり、屋台の明かりがより際立って見える。火照った顔で、足取りの覚束ない大人達が通り過ぎていく。強い酒の匂いにシュクルは顔をしかめた。

 ハルトは初めて見る屋台料理を片っ端から買い揃えていた。そのため、ハルトの周りに甘辛いソースの香りが漂っている。思案深げに口に運んでは、眉間の皺を深くしている。美味しいのか、美味しくないのかを、表情からは読み取ることができない。
 ハルトは決まって甘いものをシュクルに分け与える。いつのまにか、右手には串に刺さった綿飴とりんご飴とチョコバナナを、左手には紙袋に入ったたい焼きとベビーカステラとポン菓子とミルクせんべいを持つ羽目になっていた。お菓子の重みに、シュクルの頬は緩みっぱなしである。少しでも軽くしようと、綿飴を口に含んだ。砂糖の甘さが口に広がり、あっという間に溶けた。
「おいしい」
 シュクルの言葉にハルトも頷いた。


「さて、私はあの列に並ぶとするよ」
 ハルトが目を向けた先には、すでに長蛇の列ができている。屋台の看板には「マキズシテンプラ」と書かれている。

「寿司も天ぷらもすでに把握している。ちなみに、ニッポンには天ぷらを乗せた寿司もあるそうだ。しかし、マキズシテンプラは聞いたことがない。これを食べずして、記人を名乗れまい」
 強く言い切ったハルトは、戦場に向かう兵士のような顔で列の最後に加わった。



 記人の気迫に唖然としたシュクルは、両手いっぱいのお菓子とともに広場のほうへ歩いていく。ゆったりと腰を落ち着かせられる場所を探すためだ。大通りを抜けると、人は疎らになっていった。

 まだジャンはたい焼きを焼いているのだろうかと、もと来た道を振り返る。離れた場所から見ると、橙色の光と人々、そして屋台が一体化し、生き物のように見える。先程まで、シュクルも蠢く身体の一部だったはずなのに、ふいに寂しさが込み上げてくる。
 街灯が足元を頼りなく照らすなか、シュクルは一人で立っていた。自分だけが取り残されたような居心地の悪さを感じる。屋台までの距離が、急に遠くに感じる。

「やっぱり、戻ろう……」
 焦りにかられて、シュクルは足を踏み出した。しかし、あろうことか、愛すべき甘いものに行く手を阻まれてしまった。
 両手を塞いだお菓子によって、身体のバランスを崩し、地面に倒れ込んだのだ。


 まさかの展開に、シュクルは言葉を失った。擦りむいた膝がずきずきと痛む。だが、それよりも無惨に潰れたお菓子を目にしたことが衝撃だった。
 平らになったチョコバナナ、ひしゃげて割れたりんご飴、粉々になったポン菓子とミルクせんべい、中身の餡子があらわになったたい焼き、破れた紙袋から転がり出たベビーカステラ。そして、シュクルの一番のお気に入りの綿飴が、白く柔らかな身体を土色に変え、小汚い固まりになっていた。あまりの光景に、シュクルはその場に座り込んでしまう。



「なんなの、この事件現場は?」
 背後から、ぶっきらぼうな女の声が響いた。
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