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 大通りに出ると、普段より騒がしい夕暮れの街が出来上がっていた。カラフルな屋台の照明と様々な食べ物が混ざった匂い、たくさんの人々の往来にシュクルは目を回した。屋台のあちこちから何かを焼く煙が立ち上っている。自然と鼻をひくつかせて、この匂いはどんな食べ物なのかと想像を膨らませる。大好きな甘い匂いを引き当てるのは相当難しい。興味津々な様子のシュクルを見かねて、傍らのハルトが説明を始めた。
「この町には多種多様な祭りがある。その中でも四年に一回行われるのが、祭換の儀だ」
「まつりがえのぎ?」
 首を傾げるシュクルに、ハルトは機械的に説明を続ける。
「昔、この地を治めた領主は国交を全て打ち切った。鎖国することで他国の繁栄を国民に知らせず、独自の伝統を守ることを政策として打ち出した。そうすることで、領主は権力を独占しようとも考えたんだ。国民は急な国交断絶に戸惑いながらも、長く他国を知らずに過ごした。だが、悪政への国民の怒りはくすぶり続け、ついに爆発した。若者たちが国を飛び出し、あらゆる国の祭事に参加した。守り続けた伝統文化を流出させ、他国の文化を持ち帰ってきた。それが引き金となって……」
 いつもなら、ジャンがハルトの長い話を遮ってくれる。説明が長引くにつれ、シュクルのハの字の眉が落ちそうだ。そんな表情の変化に気付いたハルトは、ひとつ咳ばらいをし簡潔にまとめた。
「つまり、お互いの国の祭りを交換するんだ。交換することで、お互いの国の繁栄を願う。今では、国を挙げての観光PRの意味合いが強い。ちなみに、今日は極東の、ニッポンという国の祭りを再現しているんだ。」
「じゃあ、この町のお祭りがニッポンに行っているの?」
「ああ、そのはずだ」

 シュクルは遠くの町で行われるデンタータの祭りに思いを馳せる。民族衣装に身を包んだ踊り子や、不思木でできた工芸品やお菓子を自分達と同じように見て回っているのかもしれない。屋台ではジャンが豪快に笑いながら、トロワナッツクッキーを売っているに違いない。そこまで思い描いた後に、ふいにシュクルが不安になって尋ねる。
「だから、今日はジャンがいないの?」

 困ったような顔で首を振ったハルトは、黄色い屋台を指差した。指差した先には、魚を模した凹凸の付いた鉄板にクリーム色のどろりとした液体を流し込んでいるジャンがいた。いつも見ているお菓子作りの工程から察するに、魚型のケーキのようなものができるのだろう。匂いが甘いということは、甘いお菓子だ。シュクルは目を輝かせる。
 屋台料理を教えるニッポンの担当者は数名しかおらず、あとはその土地の者が屋台を仕切るのだとハルトは律義に説明していたのだが、シュクルの耳には届かない。


 ようやく二人に気付いたジャンの「いらっしゃい」の声が響く。あまりの大きな声に、並んでいた客がぴくりと肩を震わせる。シュクルは普段から慣れ親しんだその声に、安心して手を振った。
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