僕たちの行動範囲はたかが知れている。蛙ぴょこぴょこって阿呆みたいに跳ねながら少しづつ進むのだ。移動中に上下に揺れる視界は、いつも僕を辟易させる。


かえるぴょこぴょこ


 誰かがこの村に緑色の大きい怪物がいるらしいとゲロゲロ噂した。蛙を煮て焼いて食ってしまうとゲロゲロとまた噂した。それは狸じゃないかとぐわっぐわっぐわと笑っていた。僕の恋人はその渦中の怪物だ。噂では山をくしゃみ一つで吹き飛ばす。しかし、残念ながら、彼女にそんな力はない。噂には尾鰭が付きものだ。彼女は尾鰭も背鰭もない、普通の蛙である。ただしオタマジャクシのあとに、人間の形をして成長してしまっただけだ。
 どこまでも低俗な噂に君は参っていたのだと思う。あの日、君は声も上げずに、泣いていた。


 それが君との初めての出会いだ。興味深かった。声を上げずに泣くことも目から雫を零すことも蛙にはできないから。ひとりぼっちで膝を抱えて、水溜まりを作る緑色の大きな生き物。たしかに怪物の条件に合致していたけれど、くしゃみ一つで山を吹き飛ばすような強靭さもなければ、同じ色柄の蛙を食べるとも思えなかった。大きさに関係なく、弱い生き物だった。


 僕は物影からじっと君を見ていた。何故か、目を離すことができなかった。雫は途切れることがない。無色透明の液がぽたぽたと落下する。吸い込まれるような綺麗な雫に、胸が張り裂けそうだった。


 いつ、あの雨は止むのだろうか。干からびてしまわないだろうか。僕と同じように、彼女も胸も痛むのではないだろうか。
 あの雫はもう落としてはいけない。はやる気持ちとは裏腹に、ぴょこぴょことしか進まない。悲しきかな、蛙。



 いつの間にか、木の割れ目から光が射した。干からびるのは、僕だろうか。どうか、お願い。僕の方を向いて。


 走るように、跳ねた。

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