すっかり色が流れてしまった煉瓦の塀をくぐり抜け、並木がようやく色を取り戻したのを見上げながら、思い出を辿るように故郷を歩く。冷たく大地を凍らせていたあの寒さは遠くへ逃げていったらしく、私の髪で遊んでいる風は暖かく背中を押した。やっと暖かくなったね、と独り言のように呟いてから自分の中に芽吹いた鼓動を優しく撫ぜる。懐かしい小道を歩きながら、どくどくと唸る暖かさに目尻を下げた。 この小道が、私は好きだ。 そこは狭くて、大人は1人しか通れなない幅だ。整備がされている訳でも、日当たりが特別いい訳でもない。街灯が無いから夜は真っ暗になって怖いし、なにより、ここはあまり人に利用される小道ではなかった。 けれども、私はこの小道がとても好きだ。小さい頃に友達と走り抜けたこの道は、どんなに時間が流れても何ひとつ変わっていない。時間がたつことも知らない。決して、色褪せたりしない。だから、好きだった。 「なまえ」 あの頃に、戻った気がした。 あの声に、呼ばれた気がした。 ランドセルを背負ったまま、この小道をパタパタと走るのはいつも私の方で。後ろから追いかけてくるのは、いつもアツヤだった。小さい頃の私はアツヤよりも足が速く、なにかと競走しようよと言ってはアツヤと忙しく追いかけっこをしていた。負けず嫌いのアツヤはいつも悔しそうに私を後ろから追いかけてきたっけ。勝てなくて泣き出しそうになったアツヤを、私はわざと待ったりもしたし。私が転んで泣いた時、アツヤは追い抜かしたりせず心配して手を貸してくれた。雨が降れば水溜りをバシャバシャしながら並んで歩いたし、雪が積もれば互いに身を縮めながら共にこの道を歩いた。 いつからだったか。この道を歩くのは、私だけになってしまったのだけれど。 「アツヤがいなくなって、どれくらいかなぁ」 自分のものとは思えないほど、穏やかで無意識な言葉だった。 何度も何度も。同じような季節を繰り返して、私は幼く泣いていた少女から静かに微笑む事の出来る女性へと成長した。自分の中に宿った小さな命のおかげかもしれない。この子はおそらく男の子になるだろう。活発で負けず嫌いな子供になるだろう。私を好いてくれる息子になるだろう。きっともうすぐ会える。もうすぐだよ。小さな鼓動が、私にそっと囁き続ける。 いつしかあの子と過ごした日々よりも、あの子が居なくなった日々の方が多くなってしまっていた。 変わることを知らない思い出が、私にそっと柵を植え付けて、笑う。 「おねがい」 あの頃の私たちが。小さな小さな残像が、きらきらと笑いながら後ろからやってきた。ランドセルを背負ったまま走り抜けていく。綺麗な綺麗な思い出のまま、私を追い抜かして去っていく。消えていく。 私はそっと新たな息吹を優しく撫でて、ゆるりと目蓋を閉じる。 「アツヤに、会わせて……」 小さな鼓動が、私を置いて逃げていった。 |