以心伝心インザキッチン







「はあ…ただいまー」
その声を聞いた瞬間、俺はソファから勢いよく立ち上がった。ずーっと待ってた人がやっと帰ってきたのだ。

「耳と尻尾立ってら」
「はは、ワロ」
向かいのソファに座っていた万チャンと至サンが、スマホから一瞬だけ顔を上げて俺を笑う。もうこんな比喩を使われることにも慣れた。なんなら「ワン!」と鳴いたっていいくらい俺は彼の帰りを待ち侘びていたのだ。
時間は夜の10時を回っている。臣クンがこんなに遅くなるなんて珍しい。そういえば一昨日くらいからレポートと向き合って毎晩遅くまで起きていたなと思い出した。

バタバタと玄関まで駆けていくと、臣クンがちょうど靴を脱ぎ終えたところだった。

「臣クンおかえりなさい!」
「太一、ただいま」
臣クンはちょっと疲れた顔をしていた。でも笑顔はいつものように優しくて甘い。
「遅くなってごめんな、大学でレポート終わらせてきたんだ」
「そーだったんだね、臣クンお疲れ様っス!」
臣クンと並んで談話室まで歩く。俺の言葉に臣クンは「ありがとうな」と嬉しそうに笑った。
「太一はもうご飯食べたか?」
「うん。臣クンは?まだだったら臣クンのぶんもちゃんとあるっスよ!」
「そうか、それはありがたいな。実はまだ食べてないんだ」
「俺っち!すぐあっためる!」
いつも優しくて頼りになって、俺にたくさんのものを与えてくれる臣クン。少しでも役に立ちたくて、急いで談話室の扉を開けた。

「臣おかえりー」
「ただいま万里。至さんも」
「うんおかえり。課題かなんか?おつ」
「はい、やっと今日終わりました」
万チャン至サンの二人と臣クンが言葉を交わす。俺は会話に混ざることなくキッチンへ直行した。
今日のメニューはトマトが沢山入った夏野菜カレーだ。監督先生が丹精込めて作ってくれたカレーの残りを火にかけた。…明日はできたらカレー以外のものが食べたい。鍋の中身に目をやりながら淡々と考える。
臣クンはダイニングテーブルの椅子を一脚引いてその上に荷物を置いた後、俺を追いかけるようにしてキッチンへ来た。

「今日は何カレー?」
鍋の中をゆっくりかき混ぜる俺の横に臣クンが立つ。ふと見上げると、俺の手元を臣クンは優しく見つめていた。
「夏野菜とトマトのカレーっス!」
「そっか」
臣クンは短く答えてから俺の頭を撫でて、そのまま俺の体ごと自分の方へ引き寄せた。
う、うわ、うわわ。二人きりの時以外で臣クンがこんなことするの初めてかも。
「…お、臣クン」
「今日はちょっと疲れた。…充電」
ちょっといたずらっぽく笑うこんな臣クンは、なんていうか物凄くレアだ。レポート大変だったんだろうな。…てか、充電ってなんスか!可愛すぎないっスか!
「カレー食べたらきっと元気出るっス!あと少しであったまるっスよ!」
「はは、ありがとう。太一があっためてくれるから一層美味しくなるな」
心臓がギュッとなった。ああもう臣クン大好き。かっこいいのに可愛い。あとで部屋に戻ったらいっぱいベタベタしたい。
邪な気持ちを忍ばせておたまをグルグル回す。カレーは少しずつ湯気を立ちのぼらせていた。

「…太一」
「ん?」
臣クンの方へ視線を動かして、俺は思わずギョッとする。だってビックリするくらい熱がこもった瞳が俺を見つめていたからだ。う、うわわ。
「会いたかった」
う、うわー!お、臣クン!なにその顔!なにその声!目を細めてやけに切実な表情で、臣クンはひたすら俺を見つめていた。
おたまを持ってた手はもう動かない。ついでに視線も臣クンから動かせない。俺の動揺はきっと恥ずかしいほどダダ漏れだ。俺の顔、いま真っ赤なんだろうなあ。
臣クンそんな見ないでほしいっス〜…!けれど願いは虚しくも空振りだ。臣クンは引き続きじぃっと俺を見続ける。
ま、待って。待って待って。ここキッチンだから。向こうに万チャンと至サンいるから!
「お、臣ク…」
言いかけたところで唇に人差し指を立てられ、言葉は遮られてしまった。そのまま臣クンは顔を傾ける。だめだよ、と言う暇も与えられず、俺は短いキスをされた。
くちびるが離れると臣クンは不敵に笑って「しー」と言った。俺はもう抗議の言葉も出ない。だってその顔ズルイよ。そんな顔されたら見惚れちゃうに決まってる。
臣クンの目に囚われたまま見つめていたら、臣クンも俺から目を離さないままコンロの火を消した。「カチ」という、つまみが回る音がやけに響いた。

「…ごめんな、我慢できなくて」
その言葉がさっきのキスに対しての謝罪じゃなくて、これからする事への前置きだったと俺が知るのは、この少し後だった。

臣クンは両方の手で俺の頬を包むと、おでこをコツリとゆっくりぶつけた。
「声出さないように我慢な、太一」
それから臣クンは目を瞑ってもう一度顔を傾ける。2回目のキスだ。でも今度は唇が離れることはなく、くっついたままいろんな角度でキスをされた。
俺は頭が沸騰しそうだった。
俺たちキッチンでキスしてる。いけないことしてる。向こうのソファには万チャンと至サンがいるのに。もし見られたら言い訳のしようがない。
臣クンはいつも大人で、マナーもモラルもしっかりしてる。みんながいる場所でこんなことをするなんて今までなかったのに。
臣クンどうしちゃったんだろうという疑問が頭の中をグルグルしていた矢先、俺の頬を撫でていた臣クンの手がゆっくり動いて、耳の穴の入り口に触れた。
「っ…!」
だめ、だめだよ臣クン。耳はダメなんだってば!思っていても唇が繋がったままだから声にならない。意思を伝えようと臣クンの手首に自分の手をかけるけど、臣クンの指先は、ちっとも止まってくれなかった。
「……っ、…〜っ!」
中指で耳の裏側をなぞられて、人差し指で入り口をくすぐられる。やだよ、だめ、臣クンだめ。指が不規則に動くせいで思考は全然まとまらない。耳をなぞって擦る音がダイレクトに響いてきて、ろくな抵抗もできないままだ。
「…かわいい」
唇が繋がったまま臣クンが言った。な、なんだ、唇が離れてなくても喋れるじゃんか!俺のバカ!今の臣クンを早速真似て、口を動かしてみた。
「…お、臣クン、カレー…」
食べようよ、とほんとは続けたかったんだけど。
臣クンは俺の言葉の続きを待ってくれなかった。俺が動かした唇の隙間から何かが侵入してくる。それが臣クンの舌だと理解するのに二秒くらいかかった。
「ん、ん…っ…」
一度こじ開けられたらもうだめだ。ゆっくり、でも強制的に入ってくる臣クンの舌が、俺の口の中をヌルヌルと泳ぐ。歯列を舐められ、唇の裏をくすぐられて、最後には引っ込めていた俺の舌も捕まってしまった。
「…っ、う、」
だめ。ねえ臣クン。だめだってば、声出ちゃうよ。俺、息継ぎするの下手だから息を吐く時に声が出ちゃうんだよ。臣クン、知ってるくせに。
テレパシー能力なんて俺たちにはもちろんないから、俺が今何を思ってるか臣クンに届かない。それでも俺は唱えずにはいられなかった。
ねえだめ。だめだよ臣クン。

「……ん」
臣クンの声が小さく漏れる。その声の熱さに恥ずかしいくらい興奮してしまう。だって大好きな人のこんな声を聞いて、興奮しない男がこの世にいるわけない。
薄目を開けて覗き見たら、臣クンも同じことを考えていたのか目が合ってしまった。臣クンは口の端をゆっくり持ち上げて、意地悪な顔で笑ってみせた。
制止のつもりで臣クンの手首にかけた俺の手は、今はもう縋るためにそこにぶら下がっている。
もう無理だ。「だめだよ」の裏側に「もっと」っていう気持ちが生まれてしまった。
臣クンの手首をぎゅっと掴むと、意図が伝わったのか臣クンの指先がまた俺の耳を責め始めた。
「ん、んっ、…ん」
耳も口内も一緒に侵略されて、頭が沸騰しそうだ。たまに俺の体がビクリと反応すると、臣クンはそれを見逃さず正確に捉える。何度もくすぐったいところを責められて息が乱れた。
声を出さないように、と、自分の理性を全てそこに集約させているから、それ以外のことには我慢もきかないし隠すこともできない。
耳の入り口で動く指の音を聞きながら、こんな場所でこんなになっちゃって、ああ俺どうしようと思った。

「…濡れてる方が気持ちいいか」
唾液の糸が臣クンと俺の唇を繋ぐ。やっと離れた臣クンの唇がベチョベチョに濡れていて、俺はそれがやけにいやらしく見えてしまって、臣クンの言葉を半分くらいしか聞いていなかった。
臣クンが右手を自分の口元へ運んで、人差し指と中指を舐め始めた。
臣クンの指が、臣クンの口の中を出たり入ったりしている。なんだか見ちゃいけないものを見てるような気になって、俺はギュッと目を瞑ってしまった。
目を瞑りながら、どうして臣クンは自分の指を舐めてるんだろうと考えていたけど、その答えはすぐにわかった。臣クンの、涎でベトベトの指が、俺の耳をもう一度責めあげたのだ。
「っ!…あ」
中指が耳の輪郭をそっとなぞって、人差し指が入り口をくすぐる。ヌルヌルする。背筋に鳥肌が立つ。湿ったいやらしい音が脳みそに直接響いてくる。
だめ、あ、これだめ。臣クンだめ。

「…あ、あ…っ」
俺の緩んだ口元からこぼれる声を掬い上げるようにして、臣クンがキスをする。勝手に漏れていく声は臣クンの口内に吸い込まれていった。
「ん、んぅ…」
クチャ、とか、ヌチャ、みたいな音が耳の中で鳴る。臣クンの指がまるで生き物みたいに俺の耳を這いずっている。人差し指は、入り口に優しく押し入ってから離れてまた押し入って…という動きを不規則に繰り返していた。
「あ、あ…」
どうしよう。臣クン気持ちいい。俺、こんな所でこんな風になっちゃってごめんなさい。

「…気持ちいいな」
臣クンが口の端を持ち上げて笑った。まるでデューイの役の時みたいな顔だ。
ああ俺はもうだめだ。だってその表情を見るだけで、体に雷が走ったみたいに興奮してしまうのだ。
「…う、うん」
素直に頷いたら今度はいつもの臣クンらしい優しい顔で微笑まれた。
臣クンの笑顔をこんな至近距離で見られるなんて俺は贅沢だなあと、ちょっと場違いかもしれない思考が頭をよぎった。

「どうしよう、元気になってきた」
臣クンが小声で俯いてから、俺の手を取る。誘導された先は臣クンの股間だった。
「…!」
俺の手の甲が、硬くなった臣クンの性器と触れた。
服越しでもしっかり分かる。風呂場で何回か見たことのある臣クンの性器。それが、俺とのこういう行為で、こんなに硬くなってる。
ど、ど、どうしよう。いや、どうしようって何が!?お、落ち着け落ち着け。こんな時は深呼吸だ。いや無理だ、臣クンの顔がこんなに目の前にあるのに悠長に深呼吸なんかできるわけない。

ああ臣クン、俺で興奮してくれたりするんだ。
そっかあ…うわあ…マジかあ…。どうしよう嬉しい。なんだかめちゃくちゃドキドキしてきた。俺、臣クンにとってそういう対象なんだなぁ。いやなにを今更なことを言ってるんだ自分は、とも思う。一応、俺たちは、だって、その、恋人として付き合ってるんだし。でもそれをこうやって、はっきりとした形で知るのは初めてのことだった。
いつかはもっとスゴイこと…やらしいこと…したりするのかな。俺はその時、何をどうしたらいいんだろう。臣クン教えてくれるかな。いややっぱり自分でちゃんと勉強しといた方がいいよな。
…その時は、気持ちよくなってほしいな。俺なんかで大丈夫かな、務まるかな。臣クンが喜んでくれることだったら何でもしたい。俺、臣クンが気持ちよくなってるとこ、いっぱい見たい。
…あ、あ、どうしよう。想像したら勃ってきちゃった。

「いつか、もっといやらしいことしような」
臣クンの言葉にハッとした。考えていたことが声に出ていたのかと思ったのだ。慌てて自分の口を抑えてみたけれど、いや、多分そんなことはなかった筈だ、と思い直した。
臣クンを見上げる。今同じこと考えてたのかな。こういうのなんていうんだっけ、以心伝心?…恥ずかしいけど嬉しい。
「…俺のここ使ってさ 」
「…!…わ、臣ク…」
臣クンが俺の手を自分の股間にあてがって動かす。わずかに反応したのは臣クンの方だったか俺の指先の方だったか、俺にはもうよくわからない。
「太一のいやらしいとこ、たくさん見たいなあ」
「んっ、…んう…」
耳元でこんな台詞を囁かれるなんて、ほんとに、今日の臣クンはメチャクチャレアだ。
俺はさっきから意味がわかんないくらい興奮してる。臣クンがいつもより強引だから?やらしいから?こんな場所でこんなことしてるから?…ああもう、きっと全部だ。

「…うん」
臣クンのギラギラした目を見つめながら頷いた。俺いまどんな顔してるんだろう。臣クンの目に、変に映ってないといいんだけど。
「…」
臣クンの喉が「ごく」と一度だけ鳴った。臣クンは「あー…」とこぼしてから押し黙る。
「臣クン…?」
尋ねて返ってきたのは言葉ではなく深いキスだった。臣クンの舌が俺の唇を舐める。まるでノックのようにツンツンと舌先で叩かれたので、俺はドアを開けるようにして口を開いた。
口内に招き入れられた臣クンの舌は中で乱暴に暴れまわった。グチュグチュと音が鳴る。
臣クンに片手で後頭部を支えられ、もう片方の手で腰の辺りを撫でられた。
すぐそばに人がいる。こんなとこ見られたらおしまいだ。大きな声をあげちゃいけない。思えば思うほどまともな思考回路が溶かされてゆくようだった。

俺の腰を撫でる片手が服の裾から中へと侵入した。素肌の上をゆっくりと滑る臣クンの手のひらは、気持ちいいけどくすぐったい。
身をよじって訴えるけど、臣クンの手の動きが止まることはなかった。
「ん、んくっ」
微かに掠めるような弱さかと思えば、掴まれるように強く手のひらを押さえつけられる。臣クンの手の動きに俺は翻弄された。
くすぐったさを跳ね返そうと力を入れてみてもそれは逆効果だった。余計敏感に刺激を受け取ってしまって、体が震える。

「ぁ、…あ…!」
口内はどこもかしこも臣クンの舌で侵略されてしまって逃げ場がない。流れ込んでくる臣クンの涎をうまく飲み込めなくて、透明な雫が何度も口の端から垂れていく。
臣クンの指がツーっと線を引くように背中を登った。
あ、だめ、もうだめ。
その瞬間、両足に力が入らなくなっていることに気づいた。膝はガクガク震えていて、みっともないくらい脱力している。
臣クンの胸の下あたりの服を握って、崩れ落ちそうになるのを必死で食い止めた。足にはもう力が入らない。どうしよう、このままじゃ自分の力で立っていられない。
そして、頭の片隅でああ、と考えた。これっていわゆる「腰が砕ける」ってやつだ。

「ん、太一…いいよ」
臣クンはそう言って両手で俺の体を支えてくれた。ゆっくりと体の重心を下ろされる。臣クンも同じタイミングで膝を曲げてくれたので、俺たちはその場でゆるく座り込む態勢になった。
座ることで少しだけ安心した。これならキッチンに回りこまれない限り、誰かに目撃されることはない。
小さな電球だけを灯したキッチンは薄暗い。
カウンターの向こう側が見えなくなっただけなのに、まるで二人きりになったかのような錯覚に陥った。

「…太一、好きだ」
「…うん、俺も臣クン大好き」
「太一としたいよ」
臣クンのストレートな言葉に喉が鳴る。
火がついたみたいな臣クンの瞳に、そのまま燃やされてしまうかと思った。
臣クンはそう言った後また唇を合わせ、今度は舌を突き入れるように真っ直ぐ押し入れた。そのまま舌は一旦後ずさって、また俺の口内の奥へ進む。
繰り返される動きが少しずつ速度を上げる。臣クンの舌は何度も俺の口の中で出し入れされていた。
…あ、あ、これ、なんか…。
ジュポ、ジュポ、と繰り返し音が鳴る。一度思いついてしまったその思考は、もうそれ以外を遮断してしまう。
まるでセックスしてるみたい。と思った。

臣クンの両手が俺の腰を掴む。左右からガッシリと掴まれて拘束されてるみたいだ。
もしもほんとにセックスする時、臣クンはこんな風に俺の腰を掴むのだろうか。この舌の動きと同じように腰を振るのだろうか。脳裏にこっそりと映像を思い浮かべて、内緒で興奮した。
俺、臣クンにこんな風にグチャグチャにされるのかな。前はもちろん後ろだって使ったことないけど、ちゃんと一緒に気持ちよくなれるかな。臣クンはどんな風に俺の中を責めるのだろう。昔観たことのあるアダルトビデオの女の人のように臣クンに犯される自分を想像して鳥肌がたった。
どうしよう。すごく気持ち良さそう。俺、臣クンにグチャグチャにされたい。臣クンとセックスしたい。

「…はぁ、太一の中、熱いな」
「んうっ、お、臣クン」
「気持ちいいよ…っ」
「は、はあ、…んっ、臣クン」
呼吸の合間に紡がれる臣クンの台詞に自分の妄想を重ねる。臣クンは腰を振りながら、俺にこんなことを言ってくれるのだろうか。
勃起した自分の性器を服の上から触った。臣クンにバレないようにこっそりなぞりながら、俺はゆるゆると腰を揺らす。
恥ずかしい。俺、キスされただけで腰振っちゃってる。でも止まんないよ、どうしよう。
臣クンの舌の動きをなぞりながらセックスの想像をして、想像しながら自分のちんこいじって…これって、オナニーに入るのかなあ…。

そんなことを考えていた折、ふと臣クンの舌の動きが止まった。
「………太一、どうしようか」
「…え?」
「…抱きたい」
馬鹿な俺でも微塵もとぼけることができないような、真っ直ぐな言葉だった。
「………」
切羽詰まった表情の臣クンが、荒い呼吸を繰り返しながら俺を見る。
心臓がうるさくてまともに返事ができない。俺は何をどう答えていいか分からなくて、ただひたすら臣クンを見つめ返すことしかできなかった。
だ、抱きたいって、今ここで?ち、違うよね、部屋に移動してってことだよね。でも俺、こんなにちんこガチガチになっちゃって、いま立って移動できそうにないし…それになんでもない顔して万チャンと至サンが居る所を通過できる気が、まるでしない。
どうしよう臣クン。俺、ここから動けない。

「…お、臣クン」
「…ん?」
「俺…あの…」

なんとかして臣クンに伝えようとしたその時、談話室の方から万チャンの大きな声が響いた。
「っは!?マジかよ至さぁんっ!?そのアイテム横取りってありえねえから!」
「いや目の前あったら取るでしょ常考」
至サンの淡々とした声も聞こえる。二人はこちらの様子を全く気にしていないらしい。
そういえば俺がカレーを温めようと思い立ってから随分時間が経過している気がする。でも二人が顔を覗かせたり確認をしにくる気配はない。よっぽどゲームに集中しているんだろう。
今更ながら、談話室にいたのがあの二人で良かったなと思った。

「…」
臣クンは二人の声がする方に視線を向けてから、俺へと向かい直した。
「…俺だいぶ疲れてるのかな」
「へ?」
「ここがキッチンだってこと、今忘れてた」
「…」
臣クンは苦笑しながら頭をかいた。そしてバツの悪そうな顔で「あー…」と漏らしたあと「俺って最低だな、ごめん」と、悲しい顔をしながら俺に謝罪したのだった。

「ちょっと…ここ数日レポートに追われて疲れててさ。やっと終わったと思って帰ったら、太一があんまり可愛い顔で出迎えてくれるから、タガが外れちまったみたいだ」
「…」
俺、そんな可愛い顔なんてしてたかな。思い返してみるけどよく分からない。
でも、臣クンがいつもとちょっと違っていた理由は分かったので、それには納得した。

「…言い訳だな。ごめん」
「…超ドキドキしたっス」
素直な気持ちを告げると、臣クンはさらに項垂れてから「怖がらせてごめん」と言った。
「ううん、えっと…怖くなかったよ」
怖いなんて少しも思わなかった。それどころか臣クン。俺、メチャクチャ興奮しちゃったんだ。もし臣クンが手を止めなかったら、きっと最後まで「やめて」なんて言えなかったし、思わなかったと思う。
…犯されるところ想像して、勃っちゃった。臣クンが気持ちよくなるところ想像して、腰が揺れちゃったんだ。
「…最低なのは俺の方っス〜…」
両手で顔を覆って嘆いた。
こんな最低な俺を知られてしまったらどうしよう。臣クンは幻滅するだろうか。嫌われちゃうだろうか。
怖いな。嫌だな。知られたくないな。

「太一の何が最低なんだ?」
「…言いたくないっス…」
俯いたまま答えると、臣クンが頭を撫でてくれた。大きな手のひら。俺の大好きな臣クンの手のひらだ。
「どんな太一も俺は好きだよ」
臣クンの眼差しがあったかい。心いっぱいにその言葉が広がって満たされていくのを感じた。
「…臣クン大好き」
「うん、俺も太一が大好きだ」
「あのね、どんな臣クンでも、俺っちも好きだよ」
「…うーん、そうか…嬉しいけど…いろんな自分を知られるのは怖いなあ」
臣クンがまた俺の気持ちをなぞるみたいに想いを伝えてくれる。何度も重なる気持ちに自然と顔が緩んでしまった。
「また以心伝心だ」
「ん?」
「俺っちも同じこと考えてたよ」
笑顔で言うと、すぐさま同じように笑顔が返ってきた。
「はは、そっか」
優しい腕が俺の体を引き寄せる。ああ、安心するなあ。
臣クンの腕の中でコッソリ思う。臣クンにならいつか全部さらけ出しても、大丈夫かもしれない。

「レポートさまさまっス」
「…んん?」
「だって臣クン、レポートがあったから疲れて、疲れたからタガが外れたんでしょ?」
「うん。そうだな」
「だから、レポートのおかげで臣クンの新たな一面を見れたってことでしょ」
「…うーん…」
臣クンは苦笑する。でもゆっくり間を置いたあとに「そうだな」と頷いてくれた。
「あの、えっと、また疲れた時は、俺っちのこと好きにしてね」
これを言うのはちょっと照れくさかったけど、臣クンの申し訳なさそうに謝罪していた顔が少しでも晴れればいいな、という思いと、純粋な本音を聞いて欲しいという思いがあったので、勇気を出して言葉にした。…んだけど。
臣クンが目を見開いている。え、あれ?俺そんな変なこと言った?
「……はぁ…」
「お、臣クン?」
ため息を吐いた臣クンがどんな表情をしているのか見たかったのに、それは叶わなかった。臣クンが抱き寄せるだけだった腕の力を込めて、今度はしっかりと俺を抱きしめたからだ。

「どこでそういう台詞覚えてくるかな…」
なにか気に障ることを言ってしまったのかと不安になった。けれど真意はどうやら違うらしい。
「…太一には敵わないなあ」
そう言って腕の力を一層強くしてから、臣クンは「好きだよ」と俺の耳元で言ってくれた。
「太一も、俺のこと好きにしていいよ」
「えっ!マジッスか!?」
「うん。マジだマジ」
「うわー!今から色々考えとかなきゃ!」
とんでもなく嬉しい言葉が、突然舞い降りてきた。好きな人を好きにしていいなんて、マジですごいことだ。
臣クンは俺を抱きしめたまま、優しく笑って「お手柔らかに」と言った。



「…で、お前らはそこでしゃがんで何やってんの?」
冷蔵庫の方からやけに冷ややかな声がして、慌ててそちらへ目を向ける。
そこには、冷蔵庫から取り出したジュースの缶を手の先にぶら下げた万チャンが、突っ立っていたのだった。

「ばばばばば万チャン!!」
「ば多すぎじゃね」
万チャンはこちらを見下ろしながら缶のプルタブを起こした。その場で二口、缶の中身を喉の奥へ流し込んでから、もう一度俺と臣クンを見る。どうやら何かしらの答えが返ってくるまでは、そこから移動しないつもりのようだ。
「え、えっと、えっと!」
冷静な万チャンの瞳に見つめられてどんどん頭の中が空回りする。適当な答えが全く浮かんでこない。
あーとかえーとか言葉にならない音を喉から絞り出していたら、それまで黙っていた臣クンが初めて口を開いた。
「…あれ、俺寝てたのか」
な、何言ってんの臣クン。ハテナマークが頭のど真ん中を占領する。首を傾げながら臣クンの顔を見たら、臣クンが後ろ手で俺の背中をポンポンと二回叩いた。
あ、そ、そっか、一芝居打つってことか!

「太一がカレーあっためてるの見てたら、気づかないうちに俺寝ちゃったんだな。はは、記憶がないや」
「た、た、大変だったんスよ!臣クン立ったまま寝ちゃうから!倒れないように支えながら座るの至難の技だったんスから!」
臣クンの芝居に乗っかって続けると、万チャンはさほど興味がなさそうに「ふうん」と短く相槌を打った。
「無理しすぎなんじゃねえの、臣」
「ああ、そうみたいだな。ちょっと反省してる」
「あんま心配かけさせないでやればあ?今日ずっとお前の帰り待ってたぞ、そこの犬」
万チャンが俺を顎で指して言った。
「ああ、わかった」
万チャンはそれだけ言うと満足したのか、その場から立ち去った。

取り残された俺たちは、その後しばらくお互いの顔を見合わせて、大きく息を吐いた。
「…口から心臓が飛び出るかと思った」
「…俺っちも今同じこと言おうと思った」

まだ心臓がバクバク言ってる。
臣クンも俺と同じように胸に手を当てていたから、なんだか一緒なのがおかしくて、俺たちは小さく笑いあったのだ。










あとがき

果たして臣くんは高校在学中の太一くんにどこまで手を出すのか。むむむって感じです。
毎晩のように抱いているのもいいし、卒業するまでは本番はしないって決めてるのもいい…。迷うところです。
臣くんは二十歳という旨味があるのでお酒の力借りたりもできるんですよね。狂狼時代という萌え狂うような過去もありますしね…旨味だらけか…昆布出汁か何かかよ…。
太一くんは求められることこそ喜びと思っていそうなので、拒否とかはしないような気がするんだよな〜…。
考えをまとめておこう…萌えぇ〜…。

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