恋は再び6

あ〜…疲れた。

俺が久しぶりの大地を踏み締めてまず思った事は、これに尽きる。
心身ともに疲労困憊していたので、まさに「待ちに待った」ものだった。きっとこの上陸を誰よりもありがたく感じているのは俺に違いない。



サンジが俺に謝ったあの日から、何故だかやけに話しかけられたり観察されたりする事が増えた。
やり辛くて仕方ないので距離を取るのだが、そうするとその分サンジがその距離をつめてくる。一度、ウンザリしながら「疲れるからやめてくれ」と言ったら「思い出そうと努力してんじゃねえか、むしろ感謝しろ」と言われた。
いや、それは確かに、思い出して欲しいんだけども。それに伴って俺がしんどさを感じるなんて聞いてねえっていうか…何だか俺、不憫すぎねえか?俺の協力がねえとダメなのかよそれ…突然ポンと思い出せよ…。
そうやって俺がどんなに冷めた対応をしてみせても、サンジはまるで気にする様子もなく俺に話題を振るのだった。
食べ物の好き嫌い、趣味趣向、俺たちの出会いや今までどんな会話をして笑い合ったのか…次から次へとまるでそれは取り調べのように、俺は色んな事を聞かれまくった。
答えながら過去を振り返る作業ははっきり言って苦行だ。
どうしてわざわざ、楽しかった思い出をなぞりながら目の前のこの男を見ては現実に戻る、なんていう行為を繰り返さなければいけないのか。温かい湯に浸かって体が温まるたびに冷水をぶっかけられるようなバカバカしさがある。
サンジは俺の話をウンウンと聞きながら、合間合間で「それ本当か?」とか「嘘だろ」と聞き返してくる。嘘じゃないと返すと「信じらんねえなぁ…」と顎に手を当てて考え込んでみせるのだ。
そして俺をチラと見てから「俺がお前をなぁ…」と、やっぱり信じきれないといった様子で独りごちるのだった。…大概にしろよと思う。俺にとってはサンジのそれら一つ一つの言動全てが、針のようにチクチクと刺さるのだ。
「だから…信じたくねえなら信じなくていいし、早く思い出してくれとも言わねえから。俺の事は放っておいてくんねえか」
「ばかお前、俺が早く思い出してえんだよ。それと信じたくねえ訳じゃねえ、ただの相槌だ。続けろ」
この会話を、一体何回繰り返しただろう。もうため息を吐くのも飽きた。




「ログが溜まるまで一日半。今後の航海に必要な物資、各自きちんと調達するようにね!」

ナミがログポースを見ながらそう言ったのが数時間前。

今回上陸した国はかなり栄えているようで、街は多くの数の人でごった返している。
観光場所としても有名なスポットがあるらしい。街の至るところに「絶景をその目に!」という謳い文句が踊っている。
どうやらその絶景スポットは船を停めた反対側の海岸にあるみたいだ。
時間があったら折角だし見に行きたいけど、今日は恐らく街の中を歩いて回るのと買ったものを船に積む作業で終わってしまうだろう。見に行くとしたら明日になるだろうか。

一泊分の寝泊りについて、俺が予想するにこの島で一番安い宿に泊まることになると思う。
ナミがその宿の中の一番高い部屋を一人で使うんだろうし、俺たち野郎は最安値の部屋に詰め込まれる筈だ。…メリーの男部屋以下でない事を祈ろう。
あとはゆっくり浸かれる湯船がありますように。

俺は単独で街をぶらついていた。
さっき見かけた屋台で買ったたこ焼きをつまみながら往来を進む。探しているのは画材屋だ。
ほどなくして目的の店を発見し、ワクワクしながら店の入り口である引き戸を引いた。

店内をざっと見渡して、申し分ない品揃えに嬉しくなる。
欲しい物はスケッチブックとまっさらな練り消しゴムだ。
他にも、海水で溶くと色が変化する絵の具だとか雨風に当てられてもヨレない画用紙だとか、それはそれは色んなものが売られていた。今まで出会った事の無い画材の数々に心が躍る。
財布の中身を再確認して、当初の目的ではなかったものもいくつか買って行く事にした。最終的にカゴの中身は予想していた量の二倍くらいになってしまったけど、まあいいや。

カウンターへ持っていくと、声をかける前に店主のじいさんが奥から出てきた。
深緑色のポロシャツを着たじいさんは「毎度どうも」と笑いながら、古びたキャッシャーを操作する。
「全部で7580ベリー。…兄さん、変わった鼻してるね」
店主のじいさんはこちらを見て少し目を丸くした。
「ふ。じいさんラッキーだったな。この鼻に気づいた者は本来ならただで帰す訳にゃいかねえんだが、偶然にも今日は海賊業が休みでよ。見逃してやるぜ、恩に着な」
面白おかしく返すと、じいさんも同じトーンで「そりゃ良かった」と笑いながら応えてくれた。
「雑貨屋と木材店も探してるんだが、この近くにあるか?」財布の中から札を8枚出しながら問う。じいさんはそれを受け取り釣銭と領収書をトレイに乗せた。そしてワンテンポ遅れた後で「出て右にな、しばらく歩けばあるよ」と教えてくれた。
「絵描きと大工の掛け持ちかい?」
じいさんの質問に「おう、あとキャプテンもやってる」と付け足しておいた。

店を後にして、所持金の残高を大体計算しながら歩いた。今の店で7500ベリー使ったから、あと残ってるのは…。
俯きながら進んでいたら、前方から「よお」と声をかけられた。

…嗚呼、こんなにでかい街なのに、何で。
その短い掛け声だけで、声の主が誰であるかを判別した。
それは俺の心身を疲れさせている張本人だった。全く嫌になるぜちくしょう。画材屋で弾んだ気持ちがパアだ。
「おいおいそんな顔すんなよ。一応恋人だろ」
「………恋人じゃねえです」
ジトリと睨みながらそう言うと、サンジは肩を竦めて「お前俺にだけノリ悪くねえか?」と言った。

「その袋、何だよ」
俺の左手にぶら下げられた紙袋を見ながらサンジが聞いてきた。
「…画材」
「ほー。絵でも描くのか。そういや海賊旗のマークはお前が描いたらしいな。ルフィに聞いたぜ」
「…あ、そうですか」
「何買ったんだよ、見せろよ」
「…見たって仕方ねえだろ、いいよ」
「何勿体つけてんだよ、見せろって」
「いいって!」

…どうして、こんなにイライラしてしまうのか。
サンジがこうしてわざわざ、俺を気にかけてくれているというのに。きっとこいつなりに、思いやりを持って接してくれているのに。
思い出そうと試行錯誤してくれているだろうこいつに何故だか優しく接してやる事が出来ない自分が腹立たしい。
冷たくされたら傷つくくせに、構われたら放っておいてほしいと思う。そんなの、自己中心的過ぎる。自分勝手もいいところだ。
いつもの俺でいれば良いだけなのに、そんな事も出来ない自分が恥ずかしくなった。

俺が強い口調で返してしまったにも関わらず、サンジは特に取り乱す様子もなく「ちぇ、冷てえの」と言うだけだった。その反応に、少しだけ救われる。
「…ごめん」
俯いて謝ると、すぐに「何が?」と返ってくる。本当に分からなくて聞いているのだとすぐにわかった。
「何でもない」
小さな声でそれだけ言うと、サンジは困ったように笑って俺の頭に手をぽんと置いた。
「…なんか、お前ってさあ」
見上げると、目頭に皺がよる、昔と全く同じサンジの笑顔がある。
「気苦労が絶えねえんだろうな。大変だな」

なんて返せばいいか分からなくて、何も言わずに俯いた。何で笑いながら「なんだそりゃ」って言えねえのかな。それも謝っとく。…ごめんな。



日が沈む頃、それぞれ何とか買い物と船への積み下ろしを終えて、俺たちはメリーを横目にしながら船着き場に集まった。
「今日の宿なんだけど、あそこの黄色い看板見える?あの建物だから」
ナミが言いながら自分の後方にある建物を親指で指した。外観はそんなに悪くなさそうに見える。まあ、決してグレードの高い宿泊施設にも見えないけど。
「あんたら全員を一部屋にまとめたかったんだけど…さすがに五人一部屋は無理って言われちゃったのよね、二部屋とっておいてあげたから適当に分かれて泊まって。これ、部屋の鍵」
ナミは俺に鍵を二つ託して「さて」と一息ついてみせた。
「今からこの街中全てのベリーを手中に収めてくるわ。あんたら邪魔しないでよ!」
ナミの人差し指がビシと力強く突き立てられる。その決め台詞の後、ナミは弾んだ足取りでこの街一番のカジノへ消えていった。あんなに生き生きしたナミを見るのはいつ振りだろうと俺はその遠ざかる後ろ姿を見つめながら思った。

「俺!ウソップと同じ部屋!」
ルフィが唐突に俺の肩に腕を乗せてきた。
「え!じゃあ俺も!ルフィとウソップと同じ部屋がいいぞ!」
チョッパーも続けて言う。
正直、サンジ以外とであれば誰とでも何人でもいいと思っていたので、この状況は非常にありがたい。
「おいふざけんな。おめえら三人が一緒になったら俺がこの藻と二人きりになるだろうが。何の罰ゲームだよ」
サンジが箱から煙草を一本抜き取りながら、本当に嫌そうな顔でそう言った。
「部屋割りでダダこねんなよ、ガキかお前は」
「…あ?もういっぺん言ってみろクソマリモ」
「部屋割りでダダこねんなよ、ガキかおま」
「一言一句間違えずに復唱しようとしてんじゃねえ!!なめてんのか!あ!?」
そうして恒例の、レベルの低い喧嘩が始まる。このまま黙って見ていようか、どちらかの手が出る前に止めてやろうか決めかねていると、ルフィが一言「じゃあジャンケンすっか」と言った。
「俺とチョッパーでジャンケンして、負けた方がゾロサンジと同じ部屋な!」
ルフィが屈んで、チョッパーにグーの手を差し出した。
「…ええ〜…分かった…」
明らかにテンションの下がったチョッパーが、おずおずと片手を前に出す。
「…おい、おいおい。チョッパーお前なんだその態度。クソゴム、テメーも負けた方って言ったか?罰ゲームかよ」
横やりを入れるサンジを無視して、二人はジャンケンを開始した。結果はチョッパーがチョキでルフィはパー。一発で決着がついた。(ちなみに半獣型の今のチョッパーはチョキかグーしか出せないのだから、グーを出しておけばルフィは負けることがなかったのに、というツッコミはこの二人以外の全員が思っていたに違いない。)
「あ〜負けちまった〜、ウソップと怖い話とかしようと思ってたのに」
がっくりと肩を落としてルフィが言った。

と言うわけで、部屋割りは俺とチョッパーの二人と、ゾロとサンジとルフィの三人に決まった。
ルフィは項垂れていたが、サンジに「怖い話の代わりに肉の話してやるよ」と励まされるとすぐに元気を取り戻し「肉!食いてえ!」と目を輝かせていた。(サンジのそれが励ましと言えるのかどうかは、正確には分からないけど。)

そして俺たちは五人で宿へと向かった。




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