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「だからね、竹駒さんは謝った方がいいと思う」
突然クラスの女の子数人に呼び出されて、学校から二番目に近い公園に連れてこられた。私を囲む女の子たちがみんな、同じような目で私を見ている。

私はこの公園が一番好き。どうしてかと言うと、私だけが知ってる秘密の絶景ポイントがあるから。もちろん誰にも教えたことはない。絶対、教えてあげない。
「◯◯ちゃんも△△ちゃんも小沢くんのことが好きって、竹駒さんだって知ってるよね?」
私を取り囲んでいる女の子たち五人は、いつも一緒に行動している。トイレに行く時も体育館に移動する時も、まるでロールプレイングゲームの旅の仲間みたいに、どこに行くにも一緒。
…また小沢の話。もう飽きた。
「知ってて、小沢くんと一緒に帰ったりしてるのおかしい。ひどいよ」
小沢が勝手についてくるのよ。私から声をかけた事なんて一度もない。
「竹駒さん。謝って?」
「…嫌よ」
五人の顔を見渡して答える。絶対に嫌よ。あなた達も小沢も、だって私に関係ないじゃない。
私の答えが気に食わなかったのか、五人の真ん中に立っている女の子が一瞬すごく醜い顔をして、それから隣の女の子に「あれ出して」とコソコソ声で言った。そうして隣の女の子がラベンダー色のランドセルから取り出したのは、男子がよく使うようなウォーターガンだった。
「竹駒さんのそういうところが、みんな嫌いなんだよ」
真ん中の子はそう言って、受け取ったウォーターガンを私に向けた。
「そう。私もみんなのことが嫌いよ」
構わない。撃てばいいわ。両手をスカートのポケットに入れて真っ直ぐ前を見る。だって私は何一つ悪くない。「好き」と告白することはしないくせに「嫌い」はこんなにも簡単に言ってしまえる。そんなあなた達のこと、私だって大嫌いよ。
ガンを構えた女の子は「むかつくんだよ」と言いながら、迷うことなく引き金を引いた。
頬っぺたにかかった水がそのまま首元を伝って襟を濡らした。冷たい。風が吹くと濡れたところがとてもヒンヤリした。
「謝りなよ」
今度は右の子が言う。
「そうだよ」
これは更にその右にいる子が。
「…嫌よ」
さっきよりも勢いが強くなった水が顔面にかかる。前髪も濡れてしまったし、鼻の中に少しだけ水が入ってツンと痛い。…どうしてこんなことをされなくちゃいけないの。ポタポタ垂れていく水滴を見つめながら、私はこの世の不条理を呪った。
…ううん大丈夫。だって私はこの後、大好きな景色を思う存分独り占めできる。それからそのあと、お家に帰ったらあったかいお風呂に入ればいいの。お気に入りのブラウスだって水に濡れたくらいでヨレたりしないわ。ぜんぜん平気。
顔についた水を手のひらで払って、もう一度女の子たちを見る。好きも嫌いも恋も友情も知らないわ。勝手にやってよ。ちなみに私、小沢のことなんて全然タイプじゃないから。

もう一度、真ん中の女の子が引き金を引く瞬間だった。後ろからビニール袋がガサガサ揺れる音が近づいてきて、それと一緒に誰かが走ってくる音が聞こえた。
「おーらおら。何やってんだきみら」
振り返ると、ものすごく背の高い男の人がそこにいた。長ネギや大根、お肉のパックそれから沢山のペットボトルが入った袋をその場に置いて、その男の人は女の子のウォーターガンをひょいと取り上げる。
「…感心しないなぁ」
男の人はウォーターガンを眺めながら困った顔で呟いた。女の子五人は少し後ずさりをして、それから小さな声で「返してください」と言った。
「ん?おう、返すよ」
そして男の人はガンの上部分にある蓋を開け、中の水を全部出した。空っぽになったそれを何回か振るって残る数滴も払い落とした後、女の子にそれを返した。
…この人、あごに傷がある。見上げるようにして覗くとそれはずいぶん深く刻まれたもののように見えた。一体どんな理由でついてしまった傷なのかしらと、私はぼんやり考えた。
「意地悪してるように見えたぞ。もうこんな事しちゃだめだ」
男の人は叱るようにして、けれど穏やかな声色は崩さないまま女の子たちに言った。真ん中の女の子は空っぽになったガンを受け取り、私を一度睨んでから「行こ」と言った。他の四人も引き連れられるようにして、みんな行ってしまった。
「…大丈夫か?えーと拭くもの…こんな小さいタオルしかないけど。使うか?」
男の人はズボンの後ろポケットからミニタオルを取り出した。
「…ありがとう」
私はそれを受け取ってまずは顔から拭いた。…あ、このタオルとってもいい匂いがする。それから前髪と、ブラウスの襟、水の跡を辿るようにしてスカートも拭いた。
「これ、とっても良い匂いね」
「ん、そうか?あはは、良かった」
男の人を見上げて私は思う。この人、笑った顔がとっても素敵。声も優しくて落ち着くわ。小沢の何倍もスマートで大人っぽくて、かっこいい。
「…ねえ」
「ん?」
「いじめられてるわけじゃないのよ」
もしかすると誤解されているのかもしれない。そうなら解いておきたかった。私の沽券のために。
「うん、そうか」
「みんな私のことが嫌いなの。私もみんなのことが嫌い。それだけ」
「そうか」
「うちのクラスに小沢って男がいるの。やたら声が大きくて、忘れ物も多い奴よ。私はちっとも小沢のことなんかタイプじゃないんだけど、女の子はみんな小沢が好きみたい。だから、私が小沢に話しかけられるとみんな私を睨むの。私が悪いみたいに言うのよ。謝れって。おかしいと思わない?」
「…うん、おかしいな」
私の話を聞きながら、男の人は穏やかに相槌を打った。こんな風に静かに、ただじっと話を聞いてくれる人なんて周りにいたかしら。いいえ、一人だっていないわ。
ただ聞いてもらうということはこんなに心地いいものだったのね。知らなかった。
「みんな嫉妬してるんだろうな。きみがとっても可愛いから」
男の人はブランコ周りの手すりに緩く腰掛けながらそう言った。そんなことを言われたのは、ママから以外では初めてだった。心臓がドクリと大きく鳴って、私の顔は真っ赤になる。どうしよう、どうしたらいいの?こんなにドキドキしたことなんて私、今まで一度だってあったかしら。
よく分からないけれど登下校中にやたら鉢合わせて、私をからかいながらくっついてくる小沢や、それを面白くなさそうに見ている女の子たち。誰一人として私の心を、こんな風に乱したりしない。しないのに。
「…あなたこそ、とてもかっこいいのね」
私がそう言うと男の人はおかしそうに笑って「どうもありがとう」と言った。
その時急に強い風が吹き、湿った髪やブラウスの襟が首元に当たった。それが冷たくて思わず身震いすると、男の人が今度は自分が着ていた赤いダウンベストを私に着せた。
「着てな。ちょっと寒いだろ」
「……」
長身の男の人を見上げる。なんだか王子様みたい。夕焼けに黄色を混ぜた瞳と目が合って微笑まれた。…本当に、王子様みたい。
「…帰らなくていいの?」
大きなダウンジャケットを両手で掴み、その中に体を収めて私は聞いた。だって、足元に置いたその買い物袋の中身は、きっと夕ご飯の材料に違いない。この人が作るのかそれともおつかいを頼まれたのかは分からないけど、これからご飯を作るならゆっくりしていられない筈だもの。
「ん?…あー…まあ大丈夫。きみのブラウスが乾くまでここにいるよ」
微笑んで私を見つめる彼に、また私の心臓は大きな音を立てた。
「…ねえ私、澪って言うの。あなたは?」
「みおちゃんか。俺は臣って言うんだ、よろしくな」
おみ。心の中で何回か復唱してみる。うん、すてきな名前。優しい目をしたあなたにぴったりだわ。
「俺たちの名前似てるな」
おみは思いついたように人差し指を立て笑った。
「ほら『みお』と『おみ』。逆さにしたらおんなじだ」
本当だ、おみの言う通りだわ。私は空中に「おみ」と「みお」の名前を並べて書いてみる。何故だか二つの名前が似ていることに胸が高鳴り、心臓がまた音を立てた。ああ、これはただの偶然なのかしら。なんだかまるで、運命みたいだわ。

私にはずっと分からないことがある。
誰かを好きだと思う気持ちや誰かに心を奪われる感覚、それを「恋」だと断言できる感覚。クラスの女の子たちは恋の話で盛り上がり、照れたり困ったり時にはメソメソ泣いたりしながら「好き」の気持ちを存分に楽しんでいた。恋の話をしている時のみんなはキラキラと目を輝かせてる。私はそれを遠巻きに見ながら、いつも「いいな」と思っていた。
好きってなに?恋ってなに?それを体験すると心はどうなるの?
クラスの男の子何人かに告白されたことがあったけど、もちろん私には恋愛感情がわからないから「ごめんなさい」と頭を下げた。どうしてみんな、ちゃんと分かるんだろう。何をキッカケに私を好きだと思ったのだろう。気まずそうに帰っていく男子の背中を見ながら、私はいつもそんなことを考えていた。
恋の話にうまく入れない私は、段々と女の子たちから距離を置かれた。どうしてそんな風にされなければいけないのかと思った。だって、わからないのは悪いこと?知らないのはいけないこと?いいえ、そんなはずないわ。恋をしなきゃいけないなんて、だって、どの教科書にも載ってはいないのに。
ひとりぼっちの教室はつまらなくて寂しい。どうすればいいかもわからないまま、私は泣きたい気持ちを何度もやり過ごした。
学校が楽しくなくて落ち込み始めた頃。それからだったわ、小沢が私にずいぶん話しかけにくるようになった。小沢がする話はいつもつまらなくて私には興味のないことばっかり。だから適当に聞き流していた。そうしたら私と距離を置いていた女の子たちが、今度は睨んでくるようになった。
誰も何も、私に教えてはくれない。だから私はわからないままだ。誰かを好きだと思う気持ちやそのせいで誰かを妬ましく思う気持ちの原理が、かけらも。

…クラスの女の子たちは、このドキドキの正体が何か知っているのかしら。みんなはこのドキドキに、明確な名前をつけられるのかしら。もしそうならちょっぴり羨ましい。こっそり教えてほしいと、少しだけ思った。
「…ねえ、おみ」
「ん?」
「おみには好きな人がいる?」
私の問いにおみは優しく笑って「いるよ」と答えた。
「大好きな人がいる」
「…それは、恋なの?」
「ん?んー…。はは、照れるな…うん。恋だよ」
おみは頬っぺたを人差し指でかきながら恥ずかしそうに言った。
「どんな人?」
更に問うと、おみは困った顔で「んー…」と唸ってみせた。思い浮かべるようにして少し上を見上げ、ああ今きっと何か思い出しておかしくなったのね。くすりと小さく笑って、それからゆっくり言葉を紡いだ。
「そうだなぁ…元気で、よく笑ってよく食べてよく寝て」
「なぁにそれ、子供みたいじゃない」
「あはは本当だ。でもな、俺が作ったご飯を美味しそうに食べてくれることって、凄く嬉しいことなんだ」
おみはとろりとした垂れ目を細め、本当に嬉しそうに言った。
「それから素直で明るくて、あと、笑った顔がすごく可愛い」
「…」
「そうだ、あと嬉しいとか楽しいとか、そういう気持ちをいつもすぐ言葉にして教えてくれる。だから俺も一緒にいると楽しくなるんだ。もっと一緒にいたくなる」
「…そうなの」
「うん。それから、人に気を遣わせないのが上手いんだろうなぁ…俺が苦しかった時にな「助けてやる」とか、そんな素ぶり少しも見せないままで…助けてくれたんだよ。かっこいいんだ、そういうところはすごく」
おみったら変なの。だって可愛いとかかっこいいとか、矛盾していない?なんだかよく分からない。一体どんな人なのかしら。けれど「その人」を語るおみのことを見ていると伝わってくる。ああ、あなたは恋をしている。あなたはその人に、心を奪われているのね。
「みおちゃんは好きな人、いるのか?」
おみが投げ出していた長い足の左右を組み替えて尋ねたけれど、私はうまく答えることができなかった。なんだかさっきから心のどこかが苦い気がするの。コーヒー味の飴を舐めた時みたいに。
「…あのね、おみ」
問いには答えられないまま、私はある遊具を指差した。「かまぼこ山」とみんなが呼ぶそれは、丸っこい大きな滑り台だ。階段と滑る部分が、横から見るとピンク色したアーチ型の手すりにすっぽりと隠れてしまう。その様子がかまぼこみたいだから、かまぼこ山。
「あの山のてっぺんでね、手すりの上に立つと気持ちいいの」
誰にも教えたことのない秘密を、私はおみだけに教えることにした。おみは私の指が向いている方を目で追いかけ、同じように指をさした。
「ん、あの上に立つのか?結構危ないんじゃ」
「大丈夫よ転んだりなんかしないから。だって私、体育はいつも5だもの」
おみが言い終わる前に言って、私はランドセルをその場に置いた。
かまぼこ山まで駆け寄っていつものように階段を登る。頂上まで登ったら左右の手すりに手をかけて自分の体を引き上げる。面積の少ない足場に少し気をつけながら、ゆっくり立ち上がる。このポーズのことを「仁王立ち」って言うんですって。この前観たテレビアニメの中で、主人公が同じポーズをしている時に背景にふりがな付きで、そう書いてあった。
足をピッと伸ばして、左右の手をそれぞれまっすぐ下ろす。公園の中で一番高いこの場所から見えるのは、一つ隣の下りの駅方面へ伸びる長い長い下り坂。
あの下り坂は、ここからじゃないと見下ろせない。どこまでも続く街並とどんどん小さくなっていく一つ一つのお家の屋根。それから、下り坂のちょうど真ん中をゆっくり落ちていく夕日。
この場所が好き。クラスに友達がいないことも、休み時間には一人でトイレへ行くのが当たり前なことも、給食で好きなもの苦手なものを誰かと交換こし合えないことも全部、全部。この景色を見ていると、とてもちっぽけなことに感じるの。
「さみしい」や「ひとりぼっち」の気持ちを丸めて、あの下り坂めがけて投げる。そうやって私、何度もやり過ごしてきたわ。
女の子たちの顔を思い浮かべ、今日のできごともグシャグシャに丸めて投げようと思っていたら、おみがずいぶん近くまでやって来ていたみたい、下の方から私に向かって声を掛けた。
「スカートで登るのは良くないんじゃないかー?」
おみはこちらを見上げないように気をつけているみたいだった。
「短パン履いてるから平気よ、ほら」
「こらこら、自分で捲るなよ」
たしなめられたけれど、私は気にせず遠くへ続く下り坂をもう一度見つめる。また風が吹いたけれど、大丈夫。おみの上着が温かいから全然寒くないわ。
「…よいしょ」
ふと振り返ると、おみが階段を登ってきていた。それから私のすぐ後ろに立ち「よっ」と小さく呟いてから同じように手すりの上で立ち上がる。
「…綺麗だなぁ」
おみは坂道に落っこちていく夕日を見つめ言った。あなたはずいぶんと背が高いから、そうやって手すりの上に立つとまるで木みたいね。
「うーん、しまった」
おみがそう言うので、私は振り返りながら見上げて「どうしたの?」と聞いた。
「カメラを持ってくるべきだった。こんなに綺麗な景色なのに、写真が撮れないのが残念だな」
ちょっと残念そうにそう言うものだから、思わず私は嬉しくなる。ね?素敵でしょ。おみだけに教える秘密のスポットよ。誰にも言っちゃだめなんだから。
「おみは背が高いから、きっと私が見てるよりもっと遠くまで見えるわね」
「ん?はは、そうかもな。もしかしたらみおちゃんにはあのオレンジ色の屋根のお家が見えないかも」
「え?どこ?」
「ほらあそこ。左側の」
おみが言いながら少し屈んで、私の肩をそっと抱きながら遠くを指差す。
背中から伝わるおみの体温と優しい声が、私をドキドキさせた。
…ああ、私、もしかしたらこの気持ちに名前をつけられるかもしれない。断定するにはちょっぴり勇気がいるけれど。…ねえおみ、あなたがそばにいてくれたら、それが出来そうな気がするわ。
「…見えないわ」
自分で思っていたよりずいぶん小さな声になってしまった。けれどおみはきちんと聞き取ってくれたみたい。「そっか」と笑って、私の頭をポンポンと撫でた。
「おみから見える景色が見たかったわ。残念ね」
私の背はあまり高い方じゃない。この前の身体測定で身長が0.7センチしか伸びていなくて、そういえばがっかりしたんだったわ。おみの身長は一体何センチなのかしら。二人並ぶとまるでおみはガリバーね。私たちの身長差はだって、先生が黒板で使う大きな定規くらいあるもの。
「…じゃあ、俺の上に乗ってみるか」
おみが歯を見せながら笑う。私はどういうことか分からなくて首を傾げたけれど、おみはそんな私に笑いかけるだけだ。そして、まるでカバンを1つ持ち上げるような要領で私の体をヒョイと上に掲げ、その肩に私を座らせた。
ビックリしながらおみを見下ろすと、頭の真ん中につむじがあるのを見つけた。おみのつむじは綺麗な時計回り。なんだか可愛いわ。
「怖くないか?」
おみが私の両膝をしっかり掴みながら聞く。怖くない。怖いわけないわ。だって顔を上げて見えた世界はどこまでも開けて、この胸の扉を勢いよく解き放ったんだもの。
「おみ!オレンジの屋根ってあれのことね!」
「そうだよ。良かった、みおちゃんも見れたな!」
坂道のずっと向こう、夕焼けの橙色が少しずつ色を変えていく。いつもよりずっと高い所から見下ろす街並は、遠くてちっちゃくて、なんだか自分が空にいるみたい。

「ねえ、おみ。ありがとう」
頭を下に向けておみの顔を覗く。おみも私を見上げ、私たちは夕焼け色の瞳を向かい合わせた。
「私ね、いま、世界のてっぺんにいるわ」
恋は落ちるものってよく言うけれど、あれには例外もあるみたいね。だって私は今、世界のてっぺんにいる。落ちたんじゃないもの。あなたがここまで引き上げてくれたのよ。

ねえおみ、好きよ。突然現れたあなたはまるで王子様みたいで、私の初恋を簡単に攫っていってしまったわ。初恋は実らないとはよく言ったものよね、だって同時に失恋もしてしまった。けれど構わない。私は嬉しい。だってあなたが、あなただけがこの気持ちを教えてくれたのよ。
ああこれが「好き」なのね。これこそが「恋」なのね。誰でもいい、誰かにこの気持ちを伝えたい。伝えて、恥ずかしさやくすぐったさを共有したい。そうして私はやっと理解する。だから女の子たちはみんなして、恋の話を分かち合うんだわ。
あなたの大切なお姫様に秘密で、あなたのつむじにキスをする。おみはどうやらそれに気づかなかったみたい。楽しそうに笑ったまま「どういたしまして」と言った。

おみ、私を助けてくれてありがとう。実はね、ブラウスはだいぶ前から乾いていたの。だけどあなたともっと一緒にいたくて言い出せなかった。許してね。



「それじゃみおちゃん。気をつけて帰れよ」
「うん。おみも荷物いっぱいで大変でしょうけど、頑張って帰ってね」
「あはは、おう。ありがとう」
私からダウンベストを受け取ったおみはシャツの上にそれを羽織り、再び両手に荷物をぶら下げた。
そういえば、と思い出す。私あなたの質問に一つ答えてなかったわ。
「ねえ、おみ」
「うん?」
「さっき私に聞いてくれたでしょう?好きな人はいるのかって。いま答えてもいい?」
「ああ、もちろん」
笑うおみの目元にしわができる。好きな人を思い浮かべながら「笑った顔がすごく可愛い」ってあなたは言っていたけれど、私もその気持ちが、いま痛いほどわかるわ。
「…いるわ、好きな人」
私がそう答えると、おみはにっこり笑って「そうか」と返した。
「その人のことは、顔と名前しか知らないんだけれど…またいつか会えるかしら…。会えると思う?」
私がそう言うと、おみは少し身をかがめて私の目線に合わせてくれた。
「会えるよ、きっと」
おみ、あなたの優しい目ってふわふわの綿みたい。だって私の心をそっと包み込んでくれるのよ。ドキドキが止まらなくなるのに、温かくて心地良くて、もっと見つめていてほしいと思ってしまうの。不思議ね。
あなたにバイバイの手を振った後、私はあなたの言葉を何度も何度も思い出す。
ねえおみ、きっとよ。次に会う時は私、もっと素敵な女の子になっているから。また恋の話を聞かせて。好きな人を思い浮かべる時のあなたの笑ったかわいい顔、私、何度だって見たいわ。



翌日。
教室に入ると昨日の女の子たちが私を見て嫌そうな顔をした。私は気にしないようにして真っ直ぐ自分の席へと向かい、1時間目の授業の準備を始める。教科書とノートを机の上に置いたところで、小沢がいつものように私の元にやってくる。
「竹駒!なんか元気ねえじゃん。どうしたんだよ」
短パンのポッケに両手を入れて、小沢が笑いながら私に話しかける。その時、ふと気づいた。小沢は女の子たちから私が見えないように、体を壁にしてくれていた。
「……」
「なんだよ。俺の顔なんかついてる?」
…ああ私、気づかないでいたことが沢山あった。
そうだわ。思えば小沢が私を構うようになったのは、私がクラスでひとりぼっちになってからだった。寂しさや悲しさを感じそうになる時、いつも小沢は突然現れて私につまらない話を振ってきた。…守ってくれていたのね。
「…小沢」
「なんだよ」
「あなたって、かっこいいのね」
私の言葉に小沢は目を丸くした。小沢の後ろの方で女の子の誰かが「は?」と言ったような気がするけれど、それはどの子の声だったかしら。

初恋と失恋が、もしかしたらそれを教えてくれたのかもしれない。
今まで気づかなくてごめんね。ねえ小沢、あなたも王子様みたいよ。ちょっとだけね。







「おーらおら」って言いながら助けに来る臣クンが書きたくて書いてみました^^
臣クンも太一くんも、少年少女と話したり遊んだりするのが上手そうだなぁって思って、どちらか一方だけではなく二人ともが「長男」なことに大変な尊さを感じます。子供からキャッキャされる二人のお話を、300個くらい書きたい!!正直!!笑
近所の公園とかで小学生手前くらいの女の子達が遊んでいて、その会話をぼんやり聞いたりしてみると、本当に随分とまあ、オマセな話し方をしているんです!
「さ、行きましょ!」
「ええそうね!」
なんて話してたりするんですよ。ビックリしました!(しかも服もオシャレだし背高い子も多いし…)
やっぱりモブ視点のお話ってキャラクターに対して「好きだよ〜!」の気持ちを120%叫べる感じがして、書いてて楽しいし幸せです^^*
臣クンの甘ったるい垂れ目に見つめられたら相当ドキドキしちゃうだろうなぁ。



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