アサヒとサッポロ









久しぶり。元気にしてたか?…いや、元気にしてたかってのはちょっと変か。
この前は雪が降ったな。あんまりにも降るから交通機関がほとんど止まったりしてさ、結構大変だったよ。でも、お前の上には全然雪が被ってないな。きっと、お前のご両親が来てくれたばかりなんだろう。寒くなかったか?大丈夫だったか?
そういえば、冬の寒い日に仲間らみんなで一緒に走ろうと決めた日にさ、お前、グローブ付けないでやって来た時があったな。「昨日ストーブの上に置きっぱなしにしてたら焦がした」って笑って、素手のままバイクに跨って。案の定、数分でお前は根を上げて「手が凍って取れる」って喚いて、俺たちに溜息を吐かせたな。近くのコンビニに寄って、みんなで金を出し合って軍手を何個も買って、お前の手にはめてやってさ。それぞれの手に軍手を6枚ずつはめたお前は「これで百人力だぜ」って笑って、もう一度ハンドルを握った。けれど6枚もはめたら今度は指がうまく動かないに決まってる。お前はまたすぐにバイクを止めて「やべえ、ブレーキ握れねえ」と言って笑った。
どうすんだよ馬鹿って、お前のせいで全然走れねえって、あいつらから沢山、文句言われてたよな。よく覚えてるよ。今思い出しても笑っちまう。
そうだ結局全員で、数分ごとに交代でお前にグローブ貸してやったんだった。その後たむろ場にしてた店に着いてから、一台のストーブの前に俺たちみんな群がって、両手をかざしてさ。マスターに「お揃いのポーズでどうした」って笑われたもんだから俺たちは全員同時にお前を睨んだ。お前はいくつもの視線を浴びながら「仲良しなの、俺ら」とケラケラ笑ったんだ。
思い返せばいつもお前は、そうやって誰より楽しそうに笑ってた。仲間内に小突かれても不満を垂らされても、いつも楽しそうに、大口を開けて。
覚えてるか?夜中に何人かで学校に忍び込んで、校庭でロケット花火したよな。タバコをふかしながらその火で花火を着火させようとしたり(なんで危ないことばっかりしたがったんだろうな、あの時)、花火を持ちながら空中に書き文字して、なんて書いたのか当て合ったり、はしゃぐみんなの様子を缶ビール煽りながら動画に撮ったり。仲間の誰かの「たまやー」の声に、また違う誰かが「かぎやー」と言って、そしたらお前がふざけて「すきやー」って叫ぶもんだから、また違う誰かが笑いながら「まつやー」と言って、俺をニヤニヤ見やがって。だから俺も仕方なく付き合ってやったよ。「よしのやー」ってさ。みんなで笑ったな。
…それからそうだ。その後、近所の人から通報されて警官が来ちまったんだったな。勝手に忍び込んだこと、近所迷惑な騒音出したこと、空の缶ビールとその中にまとめて突っ込んだ吸い殻が見つかったこと。これ以上の停学処分はまずいと、あの時お前は思ったんだろう。「逃げんぞ!」と叫んで、猛ダッシュで外へ繋がる校庭の柵を登った。息があがったままバイクを走らせて、なんとか全員逃げのびて。お前は夜風を切りながら、腹の底から笑っていた。
写真な、今も続けてるよ。写真っていいな。すごく楽しいよ。お前があの時伝えてくれたお陰だ、ありがとな。
「今日その瞬間の俺はその瞬間にしかいねぇんだよ」とお前は言った。あの時はなに当たり前のこと言ってんだっていつものように笑うだけだったけど、今なら、わかる気がする。
あいつらの笑い顔や楽しそうに走る姿、お前のイラついた顔、泣き真似してる時の顔、腹抱えて爆笑してる時の顔。どれも忘れることはないし俺の中から消えることはない。けれどあの日から時間が経つ度に、少しずつ画像は粗くなってしまう。どうしたってその瞬間のままの、まるで真空保存のようには、出来はしないのだ。
お前はそれを分かっていて、だからああ言ったのかな。大事なもんはなんでも形に残しておけよって。後悔してからじゃ遅えぞって。…いや、どうかな。お前のことだから、案外深い意味なんてなくて、思いつきで言った言葉だったのかもしれないな。まあどっちでもいいさ。今は俺もそう思うよ。
その瞬間は、その瞬間でこそ唯一本物だ。写真を撮っても、その一枚の写真が本物に成り代われるわけじゃない、でも残せるんだ。あの時、本物の瞬間がそこにあったんだと、その瞬間は確かに俺たちと共にあったんだと。
お前はいつも奔放で、時には周囲を困らせるようなこともした。でも俺たちみんな、笑ってたよな。いつも楽しくてさ、お前には振り回されたこともあったし、喧嘩したことだって勿論あったけど。でもお前のことを思い出す時、お前はいつも笑ってる。大口あけて、ケタケタと楽しそうに。
なあ、俺な。心の底に全てを押し込むのをやめたんだ。そうした途端思い出すのは楽しい思い出ばかりで、不思議なくらい、この胸があたたかいもので満たされたんだ。おかしいよな。辛いことから目を背けたくて蓋をした筈なのに、開けてみたらその中は楽しいものがいっぱいでさ、俺は自分がいかに馬鹿だったか思い知るんだ。
でも実はな、人に言ってもらうまで俺は蓋を開けられなかったんだ。自分一人の力ではどうしても、それが重たく感じられてな。
お前には笑われちまうだろうなあ。「お前はほんとに情けねぇな」って。うん、俺もそう思うよ。だってそれを軽々持ち上げてくれたのは、16歳の男の子だったんだ。
俺より四つも歳下のその男の子は「今日この日、この瞬間は今しかないんだからさ」って言ってくれたんだ。…お前が言ってくれたあの時の言葉を思い出したよ。ああ俺はいつもこうやって大事なことを、大事な人から教えてもらってやっと気づくんだなぁって、しみじみ思ったんだ。
その子にな、もっと写真を撮ろうって、それで青と黄色と赤のシールを貼ろうって提案されてさ。嬉しい日、楽しい日は黄色のシールを貼ろうって。毎日やろうみたいに言うから、絶対途中でサボるぞって返したら「そこは臨機応変ッス!」て、調子のいいこと言うんだよこれがまた。あはは、面白いだろ。なんだかお前と通じるところがある気がしてさ。思い出して笑っちまったよ。
…そうやって、何でもないみたいに持ち上げてくれたんだ。助けてもらったんだ。いや、その子にはいつも、いまも、助けられてる。
なあ俺、大切で大好きなものが沢山増えたよ。それをお前にこうして報告できるのが嬉しい。「良かったな」って、お前なら背中を叩いて笑ってくれるかな。「シケた面はもう見飽きたからよ」って、ついでに付け足されて。
ああ、ずいぶん長いこと話しちまったな。そろそろ目を開けることにするよ。きっと俺の隣にいるその子が、待ちくたびれてると思うから。
それじゃ、また会いにくるな。それまで元気でいてくれ。…ってのは、やっぱり変か。あはは、こう言う時はなんて言えばいいんだろうな、那智。

ゆっくりと目を開けて左へ視線を動かすと、予想に反し、手を合わせ目を瞑ったままの太一がそこにいた。てっきり俺を待って退屈そうにしているかと思っていたのに。
「………」
真剣なその様を、俺はじっと見つめる。一体どんなことを那智に語りかけているのだろう。想像もつかない。
「………。うん」
そしてゆっくり目を開いた太一は、俺から注がれる視線にすぐさま気づいて「お待たせッス!」と笑った。
「うん。もう大丈夫なのか?」
「うん!だいじょぶ、言おうと思ってたこと全部言ったッス!」
太一はそれから、立ち去る途中で那智の墓を振り返り片手を振った。「ばいばい」と小さく発された声に俺は思わず笑う。だってずいぶん柔らかかったのだ、その声が。まるで仲のいい友人と交わすようなその挨拶の仕方に、このひとときの間でもう心を通わせてしまったのかと、ほんの少し嫉妬した。

霊園を出て俺たちは駅へ向かう。その途中、太一が俺の肘あたりを軽くつついた。
「ん?」
「あのさ臣クン、ちょっと変なこと言ってもいい?」
「うん、なんだ?」
「俺ね、那智サンにいろいろ伝えたんだ。まずは自己紹介してさ!七尾太一って言います、臣クンにはいつも助けてもらってるッスって。それから、臣クンの写真いつもすげえ素敵だよとか、臣クンがヴォルフのみんなを大好きって言ってたよとか話してさ。それで最後に「また来ます」って言ったらね」
「うん」
「…そしたらね、頭の中でね、知らない人の声がして」
太一は思い出すようにして少し上を見上げた。
「「よろしくな太一」って、聞こえたんス。ほんとに」
太一はポツリと言った。怯えるわけでもなく、本当にただ、事実を思い返すようにして。
「………」
あいつが歯を見せながら笑う顔を思い出す。太一の肩を抱いてよろしくという那智の姿を、何故だかやけにくっきりと想像できてしまって、不思議に思った。
…ったく、おうこら那智。初対面で下の名前呼び捨てって、ちょっと急すぎるだろう。
「…俺が那智に言ったからかな」
「うん?なにを?」
「太一にいつも助けられてるって。それからちょっとお前に似てるとこがあるんだってさ。だから那智はお前のことを気に入ったのかもしれないな」
太一は俺の言葉に「でへへ」と笑ってから、きっとなにかを思いながらなのだろう、深く頷いたのだった。
「また会いに来ようね」
太一が言うので、俺も頷く。ああ、また来よう。次の時はお前にどんな楽しい話を聞かせようかな。そしてお前に会いにくればまた、一緒にいた頃の楽しい思い出も鮮明に思い出してしまうだろうから、目を瞑る時間は今日よりもっと長くなるかもしれないな。

「俺っち今度は臣クンの面白い話しちゃおっかな!寝癖つけたまんま大学行こうとしてた話とか、台本の端っこにクマさんの絵描いてた話とか」
「なに?じゃあ俺も話すぞ。左京さんの説教中に足が痺れて泣きながらギブアップしてた話とか、稽古の時ズボンの前後ろを間違えて履いてきて最後まで気づいてなかった時の話とか」
「や、やめて!ってか何それ、いつ!?」
「前側にポッケがついてて面白かったなあ」
「なんで言ってくれなかったんスか!!」
「あはは」


…長くなるだろうからさ、次の時は缶ビールでも持って行ってやろうか、那智。
アサヒとサッポロだったら、どっちがいい?







あとがき


臣くんと那智さんのことを考えると、なんだか私の気持ちは太一くんの立ち位置のようになって「全てを知ることはできないんだなぁ」という気持ちになります。寂しいとか悔しいとかじゃなく、知り得ないまま、近くで見ていたいなぁ、みたいな気持ちです。
ヴォルフ時代のみんなの他愛ない、なんてことないエピソードをあれやこれや妄想するのは楽しいけれど、核心に触れるような思い出は、なんというか、公式をそっと待ちたい思いです。
(それから、酒タバコは当たり前だろ〜!と思って書いていますが、このへんの感覚って人によって結構違うかも…と思いました。私の中では臣くんも那智さんもリョウくんもみんなみんな、当時バカスカ飲んでバカスカ吸ってたイメージです>_<嫌悪感感じられた方、もしもいらっしゃいましたら申し訳ないです>_<)
異邦人イベのEPで突然現れた監督に度肝を抜かれましたが(笑)、あそこで太一くんが出てこなかったからこそこうして二次創作できたんだと思うと、まあ、うん、良いだろう伏見臣よ。と思えました笑
私の「ヤンキー」「族」のイメージは、ほとんど紡木たくさんの漫画の世界から来ています。何度も声を上げて泣きました。ホットロードは永遠のバイブルです。
同じ方いらっしゃいましたら、ご一報、マジでマジで心よりお待ちしております。


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