またチャイムの音で目が覚めた
学校以外の時間をほぼ野球に費やしてる俺にとって授業は睡眠時間となっていた
だが寝るだけだった学校が最近変わりつつある
「倉持また寝てたのー?」
2年から同じクラスになった苗字名前と俺は隣の席になった
「ん…ああ、またノート借りるわ」
苗字と話す口実は完璧だ
「しょうがないなー」
とか言いつつ丁寧な字が並んだノートを貸してくれる苗字は優しい
「サンキュ」
「野球部は大変だね」
あっさりした性格の苗字と話しているのはとても心地良い
眩しいほどの笑顔を見せるこいつをずっと見ていたいと思う
「倉持ー、この前の試合のスコアお前も見といてくんね?」
そこへスコアブックを持った御幸が割って入ってくる
「お、おう」
なんか邪魔された気がする
御幸は苗字に軽く手を振って自分の席へ戻っていった
チッ、あのメガネ野郎…
ってか俺スコア読めねぇ!
「…さっぱりわかんねぇ」
手を振ってくれた御幸くんに私も手を振り返す
倉持以外のだれかと話してるの見たことないけど御幸くんて友だちいるのかな、と心配をしていたら隣から「…さっぱりわかんねぇ」と聞こえてきた
もしかして倉持ってスコア読めないの…?
「教えてあげようか」
思わずそう言っていた
最初は近寄り難い印象を抱いていた
でも、御幸と倉持ってもうレギュラーなんだってという噂を聞いたり登校時や下校時にいつも練習をしている野球部を見て倉持はとても一生懸命な人なんだと思った
席が近くなって話してみると意外と気が合うことがわかった
最近では倉持と一番仲が良い女子は私なんじゃないかと錯覚してしまうほど
「え、苗字ってスコア読めんの?」
「うん」
倉持が好きな野球のことが知りたくて自分で調べた
なんとなくしか知らなかったルールをきちんと調べてスコアの書き方も覚えた
いつか倉持と野球の話ができたらな、なんて思いながら
「すげぇ」
彼が零したその言葉は素直に嬉しかった
「頼む苗字!教えてくれ」
「ここの○はストライク、Vみたいなのがファール、―はボール」
スコアブックを広げ、指差しながら説明していく
「ほう」
「で、大事なのはこっち
とりあえず赤線はヒットで、これは8の下にカッコがあるからセンター前ヒットってことになるの」
「おお!」
「こっちは6-3の下にカッコだからショートゴロで1アウト
だから真ん中にローマ数字で"T"って書いてあるの」
そしてこれは相手チームのページだから倉持がアウトにしたってことがわかるんだよ、と心の中で付け足す
「なんかわかってくるとおもしれーな!」
キラキラしたその目を見ていると本当に野球が好きなんだということが伝わる
「このBはフォアボールでDBはデッドボール、Kは見逃し三振、Sはスチール」
きっと野球してるときの倉持は生き生きしてるんだろうなぁ
「そういえば、なんで苗字はスコア読めんの?」
気づいたら倉持は私を見ていた
ああ、私はこの真っ直ぐな瞳に惹かれたんだと思った
ちょっと恥ずかしかったけれど上手く誤魔化すこともできなかったから本当のことを告げた
「倉持が好きな野球のこと知りたいなって思ったから前に自分で調べたんだよ」
「ばっ…お前!」
一度大きく見開かれた目は伏せられる
「そういうこと言われたら勘違いすっぞ」
ドキッとした
照れた倉持は片手で口元を隠す
そんな予想外の反応に私も混乱
「えっ…えっと、」
そんなこと言われたら私だって自惚れちゃうよ!
あー、2人して赤くなってなにやってんだろ
「…次の日曜、練習試合があんだけどよ
空いてるか?」
意を決したように倉持は話し出した
「うん」
「観に、来てくれるか?苗字に来てほしいんだ
それで、もちろん青道の応援もしてほしーんだけどよ、その…俺の応援もしてくんねーか?俺、がんばって走るから!」
この想いの強さがわからないほど私は鈍感ではない
一生懸命さが伝わって自然と笑顔になれた
「うん、倉持の応援に行くね!」
今はまだこの距離感のままで彼のことを知っていけたらいいなと思う
でもいつかは…
※このスコアの書き方は私が勉強したもので、一例です
他の書き方もあるので興味のある方は調べてみてください
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