怖いよ。
人はみんな、いつか老いて死んでいく。それは、生きている限り抗えない事実だ。
頭では理解してても、どうしても心が追いつかない。
だって、俺はまだ二十代なのに。まだ、青春時代を謳歌しきってないのに。
神様は意地悪だ。…俺を、病気にするなんて。
恋人の上司―――土方さんは、直ぐに俺を甘やかす。彼なりの不器用な方法で。
今日も、無言で俺の部屋に入ってきて、煙草を吸いながら準備する俺に言い放った。
「今日の潜入は他の奴と代われ」
あまりにも突然の発言に、驚いて彼の顔を凝視してしまった。
そして、我ながらアホな声で一言聞く。
「なんでですか?」
「今日は天気悪いし、お前の顔色も悪い」
「大丈夫っすよ。…誰かさんがバコバコやった日に比べれば」
「誰だろうな」
「あんただよ」
そんなやり取りをしながら、俺は内心動揺していた。バレないようにやってつもりなのに。
気づかれたのは、彼が鬼の副長だからなのか恋人だからなのかは分からない。
しかし、俺に与えられた仕事を投げる気はなかった。
「大丈夫ですって。どうせ、」
「…?」
「…行ってきますね」
続きははぐらかす。ヘラリと笑って立ち上がれば、俄に目眩がした。バレないように努めながら、体の悲鳴は無視をした。
―――どうせ、
もうすぐ使いものにならなくなるんだから。
自分を酷く甘やかす上司も、普段はいつものように接してくれる。
「山崎、煙草買ってこい」
「茶ァ入れろ」
「今から追ってこい!」
何一つ変わらない生活。でも、自分のリミットが毎日短くなっていることは自覚していた。
昨日出来ていたことが今日できなくなる。それは、確かな恐怖としてそこに在った。
見ているつもりで見ないフリをしていたそのことに、遂に感情のリミッターが吹っ切れた。
「忘れられてしまうんでしょうか」
月見酒をしながら、俺は呟いた。横に座っている土方さんは黙って聞いている。
夜風は身体に良くないと言われたが、どうしてもと押しきっての飲み会だった。満月の下、辺りは薄暗く妖艶に照らし出されていた。
「思い出にしてほしくない、なんて身勝手ですよね」
コップの縁をなぞりながら呟く。
物事は必ず思い出になる。傷も、汚い部分も、全て綺麗に仕舞われてしまうのだ。
そして、いつか思い出される。ああ、そういえばあんな奴も居たな、と。
それも良いかもしれない。けど、彼がそうなるのなら、俺は。
彼が優しいのは思い知らされるほど知っている。その不器用な優しさに気づく異性がいつか表れるだろう。自分がいなくなれば、彼と共に手を取り、同じ時間を共有する人が。
「土方さんの中でもそうなって、俺以外の誰かを見られるのが、嫌です」
「…ああ」
「我が儘だって分かってます。永遠なんてあり得ませんし。でも、俺を忘れて欲しくないです」
ポタリ。膝の上に落ちたのは涙だった。
「死にたく、ないです…っ。ヒグッ、まだ、うっ、みんなと居た…っ!」
怖い。それは自覚していて考えようとしなかった感情だった。
土方さんが俺を抱きしめる。大丈夫だ、というように。
「退、」
呼ばれる名は酷く甘い響きを持っていて、ますます泣きたくなった。
「忘れねえよ。忘れてたまるか。お前以外を愛せるわけねえだろ」
「うぇっ…?」
「愛してる」
苦しい程の力で抱きしめられて、耳元で囁かれる。土方さんの声も震えていたから、俺は背中に手を回した。
それから、二人で大声で泣いた。
その時の出来事は確かに自分を変えた。死にちゃんと向き合って、見つめることが出きるようになったから。
未だに死ぬのは怖い。考えれば考えるほど涙が止まらない。
いつか、俺が居なくなる日が来れば、俺はこの世にすがるだろう。
ああ、でもその時も。
どうか、貴方が傍にいますように。
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