男と俺。



男と俺は、部屋の中にいた。



男は、喋れなかった。
俺がそうさせた。
男は、動けなかった。
俺がそうさせた。
男は、見えなかった。
俺がそうさせた。
男は、聞こえなかった。
俺がそうさせた。


しかし、男は感じることができた。
俺に気づくようにそうした。
しかし、男は意思を持っていた。
俺を愛するようにそうした。
しかし、男は俺を受け入れなかった。
俺が狂ってしまったからそうなった。


冷たい冷たい牢屋の中。食事も水も排泄もせずに、男と俺はどれくらいそこにいたのだろう。


男は動き出した。
俺が、縄を緩めたから。
男は見つめた。
俺が、目隠しを取ったから。
男は音を聞いた。
俺が、耳栓を外したから。
男は喋りだした。
俺が、猿轡を切ったから。






「脳内で、」


口をきけるようになると、男は話始めた。
俺は何もせずにその場に座っている。床には猿轡を切った、短いナイフが置かれていた。そこがあるべき場所ではないのに、ただそこにあった。
男はそれを取る。縛ったせいで真っ赤になった手首が妙に目についた。俺は思わず微笑む。


「ずっと考えてた」


全て拘束されて、解放されたら分かる、と。俺は男に言っていた。解放されることを知っていたから、男は縛られた。


「何も見えない、何も聞こえない、何も喋れない、逃げることすらできない。―――二人しか、世界にいない」


その時、確かに男の中で世界は二人だった。そんな空間で男は何を思うのか。
男がナイフを握りしめた。僅かな物音が牢屋に響く。


「もし、逆の立場ならどうなのか」


男は妖艶に微笑んで、

自分を突き刺した。


「俺だけを感じて。俺だけを受け入れて。…そう考えてたんでしょう」

「…そうさせては、くれないんだな」

「あげませんよ。狂ってしまった貴方には」


俺は男を自分のものにするために、その鼓動を奪おうと考えた。しかし、男は自ら命を経つ。
冷たい冷たい牢屋に、男の温かい血飛沫がとんだ。それは俺の躰を容赦無く赤に染める。


「俺はあんたのものにはなりません。…あんたが俺のものになるまで」


さっき笑った顔のまま、男は床に倒れた。手に握られたナイフは、また床に置かれる。




俺はそれを手に取り、そして自分の喉笛を掻き切った。






男は俺に気づいた。
…俺が男に気づいたように。
男は俺を愛していた。
…俺が男を愛したように。
男は俺を受け入れなかった。
…俺が男を受け入れるように。



「土方さん、恨んでますか…?」



まだ僅かに生きていたらしい男は、涙を一筋流しながら訊ねた。



「…それでも、俺はお前を愛してる」



俺にはそう言うしかなかった。











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