女装したお前なら。
男だらけの屯所に、一つの華が咲く準備をしていた。
と言えば聞こえは良いが、ようは山崎が女装しているわけである。
報告書の提出を催促に俺があいつの自室に入ると、白塗りの彼が鏡に向かっていて、唇に紅を引こうとしているところだった。
「あ、」
思わず声が漏れる。その声に奴が振り返った。
「え?」
こちらを向いた山崎とバッチリ目があって、無意識の内に俺は眉をひそめた。
元々、中性的な顔立ちからか白塗り状態では男か女か分からない。これで化粧をすれば、完全に女になってしまうだろう。
そうなれば、自分の知っている彼ではないようで、嫌いなのだ。
「土方さん」
「…」
「…十四郎、さん?」
「報告書出せよ。早くしねえと、作戦が立てられねえ」
土方さんも副長も、女に呼ばれるのはなんとなく嫌なので、女装している時は下の名前で呼ばせている。
誰かがそれをやり過ぎだと言ったけど、女には良い思い出がないので、生理的に無理なのだ。
山崎もそれを分かっているからか、クスリと笑って「はいはい」と返事した。返事の仕方まで違うあたり、徹底されている。
そうさせたのは自分なのだが。
「しかし…上手く化けるな、お前」
適当な所に座って、鏡越しのあいつの顔を見る。奴は特に恥じらうわけでもなく、平然と言った。
「そうですか?結構怪しかったりしますけど」
「最初の頃よりだいぶマシだ」
昔は見よう見まねで、とてもじゃないけど人目には出せなかった。
それが今ではこれだからなぁ、と苦笑する。
奴はなにやら忙しそうだ。睫毛を伸ばしたり、目の周りに色を入れたり。こうして見ると、ついさっきまで男だった面影はなく、一見して女のように見えた。
「…綺麗だ」
ポツリと感想が漏れる。お世辞なんかではなかった。
そこらへんの媚売ってる女よりは、ずっとずっと綺麗に見える。
「そいつァ最上級の褒め言葉ですね」
あんたがそんなこと言うなんて。からかうでもなく、純粋に嬉しそうに奴は言った。あまり、女装を褒めたことがないからだろうか。だったら少し不憫なような気がした。
不意に立ち上がって、タンスを開ける。そこにはたくさんのきらびやかな着物がたたまれていた。その中から一枚の着物を選ぶ。そして、カツラを付けてるそいつに声をかけた。
「おい」
「はい?」
鏡の中で視線が交わる。俺の持つ着物を見た山崎は驚いたように目を丸くした。それから、顔をしかめる。
真っ赤で派手なそれは、俺が買った唯一の服だ。
「それ、勿体ないから嫌です」
「うるせえ。俺が見たいから着ろ」
「…はーい」
ちゃっちゃと髪の仕上げをした彼は立ち上がって俺の前に立つ。彼を後ろに向かせて、俺は着物を着せた。
帯を締めると、あまりの細さに余ってしまう。そこで、ちょっと贅沢な結び方をさせてもらった。豪華だが、ほどくには少々難しい。
それは、嫉妬心混じりの些細な嫌がらせだったりするけれども、本人はきっと気づかないだろう。
「わー…。器用ですねえ」
「近藤さんが昔囲っていた女が着付け教室の先生で、酔っ払った時に教えてもらったんだよ。実物を見たのは初めてだ」
花が咲いたような、綺麗な形だ。少し離れて見れば、花魁にも負けないような美しい女が居た。
「…お前なら抱ける気がする」
それは率直な意見だったが、今度は真面目な顔で返された。
「そういうことは『俺』の時に言って下さい」
つまりは、女装してない時に誘えということだろう。分かっているので、口角を吊り上げて頷いた。
「早く帰ってこいよ」
「はいよ」
まじる視線は、お互い熱い。
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