泣いて、喚いて。




『送信できませんでした』

そのメッセージを見るのは何度目だろうか。
いい加減見飽きたその文字の羅列に、俺は思わずケータイを布団にスパーキングしていた。

会いたいよ、とか。
連絡したいよ、とか。
俺だけなんですか?
貴方はどうってことないんですか?

副長が出張に出て半年近く経つ。
あの人の電話には繋がらない。
目に見えない電波が頼りの恋は、終わってしまったように感じた。

いや、実際終わったのかもしれない。
自分より可愛くて柔らかくて気立ての良い女なんていくらでもいる。
そして、あの人はモテるのだ。本人は気にしていないのだろうが。

一センチ以上離れている時間が、こんなにも長いと精神的にも辛い。

届かないメールに打つ想いはいつも同じ。

『元気ですか?』

『会いたい』

馬鹿みたいに同じことを書いては送って、届かなくて悲しくて。同じ内容のメールだけがケータイ溜まってく。

会いたいよ。ねえ、会いたいの。
声が聞きたい。姿が見たい。

こんな欲張りな自分が嫌い。
我が儘ばっかりの自分が嫌い。
でも、押さえられない。
狂った方がましなのかもしれない、と何度も思った。
それでも正気を保っていられたのは、あの人が帰ってきた時、“俺”で迎えられるように。

鳴らない電話を握りしめ、寝ようかと思った時だった。


ピリリリリ。


乾いた電子音が鳴る。俺は即座に電話に出た。


『退?』

「土方、さん…?」

『ああ。…まだ起きてたのか』

「どうして?」


あれだけ繋がらなかったのに。今更のように電話してきて。

少し拗ねたように問えば、土方さんは真剣な声で返した。


『退、これが最後だ』


いつもみたいに、優しい声じゃない。拗ねた自分にしょうがない奴って笑ってくれる土方さんじゃない。

嫌な予感しかしなくて、それでも終話ボタンは押せなかった。


『俺は死んだ』

「…嘘だ…」

『嘘じゃねえ。葬式もやっただろ?携帯繋がらねえだろ?…気づけ退』


―――嫌だ。
思い出したくない。思い出したくない。思い出したくない。

何も喋らない俺に、土方さんは滔々と話し始めた。


『俺は出張先で流行り病にかかった。お前は何度も俺に連絡くれて…正直、あれがなかったらもっと早くくたばっちまった』


少しずつ、脳内で記憶が再生される。治療が辛いと言う土方さんに、何度も電話をして励ましていた。傍にいければ、と何度も願ったが、それは叶わなかった。
傍によれば移る。その感染力を聞いた幕府はその土地に入らないよう令を出したのだ。


『俺が遺体で屯所に着いた日…お前は周りの制止も聞かないで俺の傍に寄ったな。でも、病魔に蝕まれていた俺の躰は、ボロボロだった。それを見て、お前は壊れたんだ』


土方さんが死んだのを見た時、俺は物凄い後悔に襲われた。
何故無理をしてでも傍に行かなかったのか。
どうして身を呈してでも看病しなかったのか。
来るはずのない連絡を待つようになったのはそれからだった。


『お前は、携帯を握りしめて部屋に引きこもっちまった。総悟や近藤さんや原田がどんなに話しかけても、外に出たり飯を食わなかった』


そこで一度言葉を切って、彼は息を一つ吐いた。それは、震えているようで。


『辛かった。段々窶れてくお前を見るのは。どんだけ俺が叫んだって、聞いてくれなかった。今日、電話して始めて聞いてくれたな』

「…どこかに居るんですか…?」


震える声でそう聞くのが精一杯だった。
彼は、少し間を開けて『居る』と短く答えた。



『でも、会わない』

「なんで!?会いたいよ…っ!!」

『知ってる。だから会わない』


なあ、と話しかける声は優しくて。思わず涙が零れた。
やっと、脳みそが正しく認識する。土方さんは死んだ。
分かった途端に悲しくて、大粒の涙が頬を伝っていく。


『俺の代わりに生きろ、山崎。生きて、生きて、しわくちゃになってから胸張って逝け。それまで待っててやるからよ』

「無理ですよ、土方さん…」

『…退。絶対に俺のあとは追うな。辛くて悲しいかもしれねえ。でもな、生きて欲しいんだ。お前にはもっと幸せになってほしい』


無理だよ、土方さん。だってね、俺の一番の幸せは貴方と居ることだもん。
電話越しに貴方の優しい声を聞いて、やっと満たされたんです。
それなのに、一人でこのモノクロな世界を歩いて行く自信はない。


『…もう時間だ』

「待って…っ」

『達者でな、退』


置いていかれるのが嫌で、居ないのに手を伸ばす。その手が不意に温もりに包まれた。ゴツゴツした感触。
それを感じたのは、ほんの一瞬だった。


『    』


その言葉を残して―――電話は切れた。


「あ…うわぁぁぁあああぁぁぁ!!!!!」


携帯を胸に叫ぶ。それが深夜に近い時間帯でも構わなかった。
連れていって欲しかった。出来ることならば、後を追いたかった。
でも、きっと生き抜くだろう。だって、あんな言葉を遺されたら、生きるしかない。

俺はそっと涙を拭って、夜空を見上げた。
そこには、一つだけ輝く星があった。






泣いて、喚いて。

(「愛してる」って囁いて)
(ねえ、この距離がもどかしいよ)






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