ボロアパートとサクラと引きこもり。




外の世界なんて、もう何年も出ていない。

俗に言われる『引きこもり』だっていうのはうっすら理解してるけど、別に稼がないわけじゃないのでそれとは微妙に違う。

家族に見放され、友人なんか数人しかいない(数人はいる)状態で、特に家を出る用事もないわけで。

そんな引きこもりに限りなく近い出不精な俺を外に引っ張り出したのは、恋人だった。





「土方さんの家?」

「おう、今から行くからな」


いつもは仕事が忙しいから、とメールでイチャイチャしている土方さんが迎えに来たのは、サザエさんが終わる頃。
あ、日曜だから仕事ないのか。


「嫌ですよ、外出たくないし」

「いいから来いって。俺が一緒だから怖くない」

「さらっとナルシスト発言を混ぜないで下さい」


ラフな格好をしている土方さんはちっとも嫌そうな顔をせずに俺を説得している。
いつもの苛々は何処へやら。のらりくらりと長期戦へ持ち込むようだ。


「寒いし。暗いし。人いるし。金ないし」

「だから、歩いて五分っつってんだろうが。リハビリがてら丁度良いだろうが」


どうしても連れて行きたいらしい土方さんは全く譲る気配がない。
だから、仕方なしに俺が折れる。


「…本当に5分で着くんですね?」

「5分もかかんねえよ」


ニヤリと一瞬笑った土方さんは俺の手首を掴んで走り出した。
多分、俺の気持ちが変わらないうちに。


「うわっちょっと!腕もげますって!!」

「あ!?聞こえねえよ!!」

「ちょっ、聞こえてますよねぇぇぇ!?」


そんなことを言いながら走る。久々に外に出て、新鮮な空気を吸って。ああ、外も良いかもしれないとちょっと思う。

が、しかし。
走るなんて行為は久々だったから直ぐに息切れしてしまった。


「も…無理っス…!!」

「ほら、着いたぞ」

「…へ?…あ、」


指差されて見上げたのは、学生用のボロアパート。
どうやら大学の頃に住んでから気に入って居座っているんだとか。
「お前の家が近いしな」という理由は恥ずかしいので聞かなかったことにした。

俺の息が整ってから、アパートの階段を上がる。一番端の部屋に住んでいるみたいだ。鍵は掛けなかったらしい。無造作に扉を開けるのを見て、物騒だなと俺は眉をひそめた。

まあ、俺も人のこと言えないくらいルーズな性格なのだが。


「遠慮すんなよ」

「いや、しませんし」

「チッ、可愛げねえな」

「生まれつきです」


そんなやり取りをしながら部屋に上がる。
片付いてるというより生活感のない部屋。なんとなく土方さんらしいな、と思う。

家でくつろぐより、会社でパソコンを打ってる方が安心するような人だ。家にはほとんどいないのだろう。

キョロキョロする俺を余所に、土方さんは部屋の窓を開けた。
と、そこに広がっていたのは。


「あ…っ!!」

「どうだ、凄いだろ」


まるで自分の事のように自慢する土方さんにツッコミを入れる気にもならないくらい、
それはそれは見事な桜が広がっていた。
裏がちょうど公園だからか、月明かりに照らされた満開の桜並木が美しい。
フラフラと窓の縁に手をかけウットリと景色を眺めた。
「綺麗…」
ポツリ、呟いたら土方さんは口角をあげる。それはまるで、してやったりと言っているようで。


「家の場所も覚えただろ?桜見に来いよ」


そう言うと、煙草をくわえて火をつけた。
…てゆーかなんでそこで会いに来いとか言ってくれないのかなこの人は。


「…お団子作ってきますね」


いつまでも二人で、桜の花を見ながら過ごせるように。
引きこもりから一般人への第一歩。







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