櫛に込めた想い。



ザキが、泣いていた。
それだけならいつものことだ。なんてことない、日常の一部。アイツはよく俺に苛められたり、土方に苛められたりして、いつも泣いている。男のくせに、と思うくらいだ。

けど、違う。
アイツは、姉上の遺品の前で泣いていた。

もう要らないから、と俺が奴にやった櫛だ。着飾るのが苦手だった姉上が持っていた、決して数は多くないものの一つ。
俺が泣くならまだしも、なんでコイツが泣くのだろうと、不思議になる。
無言で横に座れば、そいつは無理矢理涙を引っ込めようとした。けど、失敗して、不細工な顔になっている。傑作だ。


「良い人なんですね」

「当たり前だろィ。俺の姉上だぜ」


山崎の言葉に当たり前のように返せば、漸く彼は少し笑った。何が面白いのかはサッパリ分からないけど、こいつはやっぱり笑ってる方が似合う。


「…櫛にね、」


君死にたまふことなかれ。って、彫ってあったんです。
そう言いながら、櫛を手にとった山崎は、優しく笑いながらそれを見た。

知っている。そんなことは、とっくのとうに。
姉上は優しいお方だから、願掛けにしかならないことを知ってて、その言葉を刻んだ。
―――……弟よ、死なないで下さい、と。

想いに縛られて動けなくなったから、他の誰かに押しつけて逃げた。ただ、それだけの話だ。

「…隊長のことが、本当に好きなんですね」


生きて無事に故郷に帰ること。また、姉上と暮らすこと。
そんなことが出来ると信じて、武州を去ったのはいつのことだったか。
姉上も、きっとそれを信じて待っていてくれた。だから、櫛にそれを刻んで、ずっと祈っていた。あまりにも似合わないけど、怨念のように願っていたのかもしれない。…想像は付かないけど。

少し動いて、山崎の背中にもたれて座る。春も終わる頃になっていたから暑かったけど、人肌は変わらずに心地よかった。
櫛をやったのがコイツで良かったと心の底から思う。他の人なら、もう二度と向き合うことができなかっただろう。


「なんで泣いてたんでィ」

「なんででしょうね。眺めてたら泣きたくなったんです」

「俺の代わりじゃね?」

「そうかもしれません」

せっかく冗談めかして言ったことにも真面目に返されてしまったので、拗ねるついでに櫛をザキの手から奪ってやった。
使い古して傷のついた、姉上の櫛。いつも、大切に大切に使っていた。これ以外を使うことはなかったように思う。


「武州に帰ってた」

「はい」

「姉上のお墓に行ってきて、挨拶して、掃除して」

「偉いですね」

「姉上は、幸せだったかねィ」

「当たり前でしょう」

「…今日は、姉上の誕生日なんでさァ」


すすり泣く声が聞こえる。ザキはもう泣いていない。慰めるように俺の手を握っている。
泣いてるのは、俺の方らしい。


「ケーキ買って、お祝いしましょう」

「タバスコかけるぜィ」

「…ハハッ、まあ頑張りますよ」


引きつりながらも優しい声で返ってきたから、どうしようもなくなって。
俺は、山崎の手を握り返して、そっと涙を流した。




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こんなんだけど、ミツバさんお誕生日おめでとうございました!←