第二回。

―――そういえば、江戸にも雪が降るとか言ってたっけ。
まるで氷のような廊下をペタペタ歩きながら、白い息を吐く。本当は部屋から出たくないのだが、寒いとどうしても厠が近くなってしまう。隊長室にトイレつけてくんねェかな。幽霊が出るとか噂流したら、ビビった土方がなんとかしてくれたりして。色々と計画を立ててみるが、どれもあまり面白くなさそうだ。

アイツはどうしてんだろう。温かいところで、ちゃんと寝れてんのかねィ。
気を抜けば、そんなことばかり考えてしまう。アイツというのは、もちろん山崎のことで、もう仕事に出てから一週間が過ぎようとしていた。
お互い、連絡すれば会いたくなってしまうので、メールも電話もしないことにしている。しかも、山崎の仕事はいわゆる機密というやつなので、何処に行っているかも、どのくらいかかるのかも知らないことが多かった。
あの男が情報を持ち帰り、土方がそこから判断し、近藤さんがゴーサインを出して、自分らが斬りこみに行く。
真選組は、そうやって回っていた。それを覆すつもりはないし、このままが一番いいと思う。
けれども、そろそろ一人寝る夜に飽きてきたのも事実で。
何より、こんなに寒いのに、湯たんぽ代わりになってくれるやつがいない。それが、どうしようもなく寂しかった。

厠に行ったら、もう寝てしまおう。そんなことを思いながら、足早に廊下を歩くと、ふいに明かりの漏れている部屋が目に入った。副長室だ。
繁忙期でもないのに、深夜まで明かりがついているのは珍しい。本でも読んでいたのだろうかと推測しながら部屋に近づくと、話し声が聞こえてきた。土方と、もう一人は知らない声だ。

「それじゃあ、もういねえってことか」
「ええ」
「ふん、かえって何かあるって白状してるようなもんじゃねえか」
「しかし、それであの人の居場所が分からなくなりました」

息を殺して、会話の内容に耳を立てる。いつもなら、さっさと通り過ぎてしまうのに、なんだか嫌な予感がしていた。
聞かなきゃよかったと後悔するのは、いつも聞いたあとだ。

「もう、三回も定時連絡がつかないなんて、初めてなんですよ。ありえません」
「ったく、マジで何やってんだ、山崎は」

その名前に、背中が凍り付く。
ドクンドクンと心臓が大きく脈打って、嫌な汗が出てきた。
山崎と連絡がつかない?しかも、居場所まで分からないなんて。
冗談もほどほどにしやがれってんでィ。

「お前らは、もう一回探せ。三日やる」
「……もし、見つからなければ?」
「探せっつってんだ。アイツが見つからなくても、このまま奴らを泳がせちゃおけねえ」

一切迷いのない声が、まるで死刑宣告のように聞こえた。
この場から離れなければ。そう思うのに、まるで凍ってしまったかのように体が動かなくて。

「了解しました。では、失礼します」
「おう、ご苦労さん」

スッと障子が開いて、平隊服を着た男が出てくる。その姿を見て、ようやく監察方の隊士だと思い出す。と、同時にますます山崎をロストしたという事実に信憑性が増してしまった。

「お疲れ様です、沖田隊長」
「……おう。夜遅くまでご苦労なこっで」
「仕事ですから」

なんの表情もなくそう言うと、男は会釈してすれ違った。
ああ、そういえばトイレに行こうとしていたんだった。なんだって、こんな胸糞悪い思いしなくちゃなんねェんだ。
すっかり尿意も引っ込んでしまったので、さっさと寝ようと踵を返す。とんだ無駄足だった上に、聞かなきゃ良かったことまで聞いてしまった。

「総悟、」

声が、すぐ後ろの方でする。振り返ると、煙草を咥えた土方さんが、部屋から顔を出していた。厳しい顔をしているように見えるのは、恐らく気のせいではない。

「間違っても探すんじゃねえぞ」

誰を、とは言われなくてももちろん分かった。

「土方さんが諦めるんなら、探しやせん」

いつものように笑って言ってやろうとして、失敗した。冷たいところに立っていたせいか、表情筋が固まってしまったらしい。いや、そうじゃなくて、きっと、思ったより自分が焦っているのだ。

「……勝手にしろ」

案の定、否定できなかったらしい土方は、苦々しい顔をして、部屋に引っ込んだ。
誰よりも非情で、誰よりも優しいあの鬼は、山崎の死体が出てくるまで、きっと一人で探すに違いない。
それならば、俺だって探していいはずだ。誰よりも愛しくて、誰よりも大切な、あの男のことを。

「さがる……何処に行っちまったんでィ」


小さな呟きは、夜の闇に吸い込まれ、返事が返ってくることはなかった。