「総ちゃん」
机を挟んで向かい側に、姉上が座っている。なんだろう、これは。ここは、確かに屯所の応接間なはずなのに。
「立ったまんまは、お行儀が悪いわよ。メッ」 「ごめんなさい、姉上」
不思議に思いながらも、自然と謝ってしまう。姉上の言うことは絶対だ。頭を下げて、座布団の上にちゃんと正座する。 顔をあげると、柔らかく微笑んでいる姉上がいた。顔色がいい。武州に居た頃でさえ、こんなに血色のいいことは少なかった。 回らない頭で色々考えて、気づいた。そうか、これは夢だ。今日、武州に帰って、お墓参りをしたから。きっと、姉上も会いに来てくれたんだ。
「とっても、お侍さんらしくなったわね」
ニコニコしながら、姉上が褒めてくれる。
「でも、総ちゃん、何か隠し事してないかしら?」
そう問われて、ドキリとする。 隠し事。今日、墓前で洗いざらい話してしまったけど、大切なことを、一つ言わなかった。 言いそびれたわけでも、言いたくなかったわけでもなく、言えなかったこと。
「大切な奴が、できました」
振り絞るようにして、告白する。ああ、心苦しい。土方に嫌がらせをしたときだって、こんなに胸は苦しくならない。初めて、人を殺めたことを、手紙に書いたときくらい、辛い。あのときも、最初は別のくだらないことを手紙に認めたのだけど、結局はバレてしまった。昔から、姉上には隠し事ができない。
「まあ」 「僕より少し年上で、うるさい奴で、勝手な世話を焼いて、うるさいんです」 「そう」 「……男、なんです」
話しているうちに、だんだん視線が下がる。視界に入った着物は、初任給で姉上に送ったそれだった。あの世でも大切に着てくれているらしい。 なんとなく、姉上を悲しませてしまう気がした。せっかく、自分は姉上自慢の弟だったのに。僕は最低最悪のホモ野郎です。でも、アイツと別れるなんて想像もつかなかった。
「山崎さん、でしょう?」 「え?」
指摘されて、思わず顔を上げる。姉上は楽しそうに話してくれた。
「江戸の病院で、私のそばについてくれていた男の子。総ちゃんと、同じくらいの背だったかしら」 「アイツより僕の方が一寸大きいです」
そこはちゃんと訂正するけど、内心、驚きでいっぱいだった。やっぱり、幽霊になると、神通力的なものでなんでも見れるようになるのだろうか。さすが姉上。 けれども、それは違った。
「一回、来てくれたの。お墓に」
『どうせ、あの人は話してくれないでしょうから。俺は、あの人の恋人です。正直、俺じゃ役不足なんですがね。でも、どうしようもなく、好いとります。大切にしていただいてますし、大切にさせていただいてます。本人はきっと教えませんでしょうけど、お姉さんには言わなくちゃいけないと思いまして』
お花を活けながら、山崎はそう言ったのだという。いつお墓に行ったのだろう。全然、気づかなかった。しかも、一人で行くなんて。あとで絶対絞める。
「だから、総ちゃんもお話してくれると思ってたのに、ちっともお話してくれないんだもの」 「……ごめんなさい」 「いい人ね。今度は、きっと二人で一緒に来てね」
「はい。次は、アイツと」
胸をはって紹介しよう。姉上が認めてくれないはずなかった。きっと、アイツは照れるだろうけれど、陰で蹴っておけばいい。
姉上が立ち上がって―――そこで、目が覚めた。
瞼を開いて、天井を見る。なんだか、狐につままれたような感覚だった。一つ寝返りを打つ。
夢で、姉上は何をしたかったのだろう。結局、いい人ができたなら、紹介しろ、ということだったのか。そうかもしれない。最後に会ったときっも、人間関係の心配をされた。
けれども、それだけじゃない気もして。
きっと、単純に、会いに来てくれただけじゃないだろうか。ちょうど、今年は七回忌の節目の年だし。お盆だし。 大きく深呼吸をして、また仰向けに寝転がる。 じんわりと暑い、夏の一日が、また始まろうとしていた。
「沖田さーん。朝ですよー」 「へーい」
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