嫌いなあの子1。

沖田さんのことが、大嫌いだった。
なんでも持っているのに、なにもないって駄々こねてるクソガキ。
局長と副長に甘やかされて、のうのうと暮らしている、クソガキ。
…好きになれって言う方が難しい。初対面の時から、欠点しか目につかなかった。
1cm高い身長も、亜麻色の髪も、空色の瞳も。
何もかも嫌いで。全部全部、嫌いで。
しかも、あの人はいつだって俺のことを見つけた。隠れるようにして生きているのに、わざわざ俺のこと暴こうとして。
ぶっちゃけ、迷惑だった。それなのに、

「グスッ…うっ…ヒック……」

夜中、トイレに起きると、中庭から泣き声が聞こえてきた。幽霊かも、なんてそんな杞憂は一瞬で、特徴的なあの明るい髪で、誰が泣いているかすぐに分かった。しげみに、隠れるようにしてしゃがんでいるけど、頭が見えている。ここに来た当時なら、隠れられたのだろうなあとボンヤリ思った。真選組ができた当時、沖田さんはまだ12かそこらだと聞いていたから。つまりは、隠れられるころからの泣き場所だったということで。
ああもう、めんどくさい。ガキはガキらしく、小便して寝ればいいんだ。俺みたいに。そうだ、俺も厠に行くところだったんだ。行きそびれたじゃないか、まったく。

「何やってんすか、沖田さん」

横に立つと、顔を伏せながら泣いていた沖田さんの肩が、大きく跳ねた。それから、微動だにしない。見つかると思っていなかったのだろうか。監察舐めんな。

「明日も、早いでしょう?早く寝た方が……」
「うるせェ」

鼻水混じりの湿った声で、台詞をぶった切られる。そして、小さな声で「ほっといてくだせェ」とつづけられた。じゃり、と砂をにじる音がする。沖田さんは、相変わらず顔をあげない。一つため息をついて、隣に並んで座った。

「当ててあげましょうか、アンタが泣いてる理由」
「……」
「お姉さんが、危ないんでしょう」
「!!」

静かな声で告げると、グシャグシャになった沖田さんの顔にぶつかった。涙と鼻水でメチャクチャだ。イケメンでも、泣くと不細工になるんだな、とそこが妙におかしかった。
沖田さんが泣いていた理由に関しては、まあ、だいたい見当が付いていた。彼が感情を乱すのは、たいていお姉さんのことと決まっている。そして、ここ数日、屯所はいたって平和だったのだ。ますます泣く理由は限られてくる。くわえて、土方さんの機嫌がすこぶる悪かった。全部が、彼のお姉さんへとつながるのだ。

「なんで、分かったんだよ」
「まあ、監察ですからね。推理力は人一倍あるつもりです」
「……きもい」

ポツリと呟かれた言葉に、カチンとくる。ああ、さっさと小便して寝るんだった。なんで、こんなクソガキの相手して、詰られなきゃなんないんだ。俺だって明日早いのに。大人げなく、その場から立ち去ろうと立ち上がったら、裾を引っ張られる感覚があった。そちらを見やると。沖田さんが裾を掴んでいて。なんで、と聞こうとしたら、さっさと解放された。

「早くクソして寝ろよ、ザキ」
「それはこっちの台詞ですよ、沖田さん」

ああ、いやになる。なんで、年下にそんなこと言われにゃならんのだ。これ以上付き合ってやる義理はない。こういうのは、大概、気の済むまで泣かせた方がいい。俺は退散しよう。そうした方がいい。だいたい、俺はこの人が嫌いなんだ。
そう、頭では理解しているのに。

「そこにいたら、虫に喰われますよ。俺で良けりゃあ、話聞くんで、部屋にきませんか?」


気が付いたら、そんなことを口走っていて。俺は、本気で自分の世話焼き体質を呪った。