イボだって山崎。



「あああああもうマジめんどくせえ超めんどくせえ信じらんねえありえねえやりたくねえ仕事多すぎだろこれ!!あん!?」
「いいから、黙ってやれ」
「ウィッス」

一睨みすると静かになったのを見て、素直だとなかなか可愛いじゃねえか、と口元を緩めた。

―――山崎がジミーになってから、3日が経とうとしている。

なんで、そんなことになったかは分からない。イボ云々は終わったのではないかとツッコミを盛大にいれたい。というか、実際いれた。山崎の自室が金髪の整髪料やジャラジャラのアクセだらけになってるのを目にしたとき、いの一番にツッコミ(と回し蹴り)をいれてやった。

退の方はというと、何かの拍子でどこかにいってしまったらしい。どこにいるかは分からないと、ジミーに言われた。上から目線なのが大層腹立たしくて、ヤキをいれてやったが。
どうやら、ジミーの方では世界は「二年後」で止まっているらしく、「なんで、土方がこんな偉そうなんだ!!あん!?」などと意味の分からないことを言っていたので、これも沈めてやった。

そうなれば、困ったのは仕事の方である。まさか、監察の仕事をやらせるわけにもいかず、かと言って休みを与えて出歩かれるのも困るわけで。
悩んだ末に、こうして副長の仕事を手伝わせてやっている。

「終わんねえ…終わりが見えねえ…ありえねえ…」

ぶつくさ言いながらも、ジミーの仕事の早さには、目を見張るものがあった。山崎の事務処理能力を受け継いでいるのか、かなり早い。難しい仕事を任せていないとは言え、予想以上に書類を裁いてくれている。この調子でいけば午後の非番はのんびり過ごせそうだと思い―――一緒に過ごそうと約束した相手が今はいないことをセットで思い出した。

筆を置いて、伸びをする。バキバキ、と固まった関節が音を立てた。目敏く気づいたジミーがこちらの様子をうかがっている。その期待したような視線に、とうとう根負けした。苦笑して、口を開く。

「一回、休憩取るぞ。なんか好きな菓子持ってこい」
「っしゃあ!!」
「ああ、あと、総悟見たら決算報告書の催促しとけ」
「あいあいさー!!」

聞いているんだか聞いていないんだか、元気よく返事をすると、ジミーは部屋を飛び出した。余程、いやだったのだろう。フッと息を漏らしてスカーフを緩める。

なんの気なしにスケジュール帳をめくり、これからの予定を確認してみる。明日は、近藤さんが会食。明後日は、警察庁で、勉強会がある。見廻り体制はまだこのままでいいとして、そろそろ稽古のメニューは変えた方がいいかもしれない。まだ、急ぎではないが。
そんなことを考えながら、今日の予定を見ると、小さく「食事」とだけ書いてあって。
この予定はキャンセルだな、と一人ごちながら、その字を指でなぞった。

「土方!!お菓子持ってきてやったぜ!!あん!?」
「おう、ご苦労。それから、敬語」
「柏餅!!柏餅があったから、かっぱらってきたんだぜ?あん?」

ドタドタと騒がしく戻ってきたジミーの頭を一発殴り、柏餅をひとつ受けとる。お茶を持ってきてないあたりは、全く気が利かない。もう一発殴ってやった。

「茶」
「あん?」
「茶ぁいれろっつってんだよ。菓子だけ持ってきてどうする」
「チッ」
「舌打ちすんな!!」

また一発殴られてえのか、と拳を握ってみせると、慌ててジミーはお茶をいれた。部屋に備え付けてあるお茶セットに、慣れた手つきで準備していく。そうして、出されたお茶は山崎ほど美味しいものではないが、及第点をあげてもいいくらいのもので。そこで、ようやく柏餅をかじって、休憩に入った。

「……なあ、」

柏餅をかじりながら、ジミーが口を開く。顔が粉だらけになっているのが子供っぽくて、なんとも滑稽だが、口調は大人びていた。子どもが、そのまま大人になったみてえだな、と思いながら相槌を打つ。

「なんだ?」
「誕生日、」
「はあ?」
「誕生日なんだってな。ハゲが言ってた」
「あ、あー…」

ハゲ、という言葉に、原田が気を回したのだろうなと苦笑する。
確かに、GWの最終日であるこどもの日は、自分の誕生日である。どんなに忙しくてもその日はちゃんと覚えていたし、祝ってくれる人がいた。
今年も、一緒に食事をする予定だったのに。なんて、少しだけ恨めしいような気持ちで、柏餅をかじる。
だから、その次の言葉は予測していなかった。

「お誕生日、おめでとう、ございます!!」

照れくさいような、少し怒ったような言い方が、退とそっくりで。思わず、マジマジと見つめてしまった。

「な、なんだよ!!祝っちゃ悪いかよ!!あん!?」
「いや…すまん。退に似てたから」
「はあ!?バカじゃねーの!!同一人物に決まってんだろ!!」

ギャンギャンと吠えられて、改めてジミーが退だということを思い知らされる。全然、違うように見えるが、やはり本質的な部分は同じようだ。

退は、お祝いするのも、されるのも、苦手だと言っていた。そういうことをしないで育ってきたから、照れくさいのだという。でも、いつも頑張って、少し乱暴な調子だったけど、お祝いしてくれた。
「二年後」の世界観のジミーでも、それは変わらないらしい。

「お…俺だってなぁ!!本体じゃねえけど、おめえのこと、祝う気持ちくらいは、あんだよ!!あん?」
「ああ、そうだな。嬉しいよ。……ありがとな」

ポンと、いつも退にしているように、金色に染まった頭を撫でてやる。ワックスで固めてあるからか、その感触はいつもと違った。あの柔らかい癖っ毛が、嘘だったようにかたい。ジミーは、「触るんじゃねえよ」と言いながらも、満更じゃなさそうにしていた。

こうしてよく見ると、ジミーは退によく似ていた。体自体は何一つ変わらないから、当たり前のことなのかもしれないが。
ちょっと小さな瞳も、形の整った眉も、やわらかそうな唇も。顔つきは、まあ、多少可愛くなくなってるが、総合的に見れば、山崎は山崎である。つまり、かわいい。

「……なあ、土方ぁ」
「なんだ」
「いつも、本体に、こんなことしてんのか?あん?」
「こんなことって?」
「頭の手」

上目使いにそんなことを言われ、ようやく、さっきからずっと、頭を撫でていることに気づいた。
そういえば、二年後じゃ、ジミーが副長だと言っていた。きっと、そんな機会は少ないのかもしれない。
そうなれば、ちょっとからかいたくなるというもので。

「おう。それだけじゃねえぞ」
「え!?」
「教えてやろうか?いつも何をしてるか」

金髪にやっていた手を、顔の方に持ってくる。そっと近づけると、大袈裟なほどジミーは体を震わせて。睨みつける目力だって、どこか弱くなっているのに、逃げようとはしなかった。それが、彼の意地なのか、退の意志なのかは分からないが、後者だといいなんて。
そのまま、頬に触れて、柏餅の粉を落とす。優しく拭うような手つきで、顔を綺麗にしてやった。

「な、なんだこれ!!おめえ、仕事中だぞ!!あん!?」
「ほォ、休憩休憩騒いでたお前からそんな言葉を聞けるなんざ、上司としては嬉しいことだな」
「ぱ…パワハラだ!!」
「パワハラ上等」

きっと、今、自分は、ひどい顔をしているだろう。なにが、鬼の副長だ。中身が違えど、それが恋人なら徹底的にいじめてしまう。変態だと言わば言え。据え膳を前に手を出せないのは武士じゃない。
手をそのまま顎に持っていって、自分の顔を近づける。

「つーか、パワハラだと思うか?」
「あ、あ、当たり前、」
「ちげえよ。俺と退は、恋人だからな」
「はあ!?」

ドン引いてる顔がおかしくて、心の中で爆笑した。
最初に退に思いを告げたときも、同じような顔をしていたなと思い出す。あのときも、ありえないという顔をしていた。
口説いているうちに、絆されてしまったらしいが。
どうせなら、ジミーも落としちまった方がいいんじゃねえの。


「お前、ホモかよ!!」
「その台詞、そのまんま、お前に返してやる」
「ちげえよ!!舐めてんのか!?あん!?」
「おんなじだよ、俺も。てめえだけだ」

そう言うと、ピタリと山崎は動きを止めた。それから、少しだけ視線を反らされる。

「嘘だ」
「なんでそう思うんだよ」
「俺ァ、鬼だぞ。泣く子も黙る、鬼だぞ。誰かに愛してもらえるわけ、ねえ」

言い聞かせるような口調と共に、小さな力で胸を押される。自分の知っているジミーとも退ともにつかなくて、少し戸惑った。言うならば、それは、怖がる子どものような仕草で。拒否されているというには、あまりにも弱々しかった。
もしかしたら、退とジミーが混ざって、本音が漏れているのかもしれないと推測する。

「本体だって、俺だって同じだ。嘘ついて、色んな奴ら騙して、殺して、それでてめえは、ヘラヘラ笑って生きてる」

いらねえ、と呟いて、ジミーは押す力を強くした。

「いらねえよ、そんなの。アンタも、気の迷いだろう。アンタは優しいから、同情してるだけだ。俺だって、いらねえよ。そもそも、愛してもらっていいやつじゃ、」
「分かった」

これ以上は、言わせない。無理矢理言葉を塞ぐように、キスをした。舌をいれたら、噛み千切られるかもしれないと思った。でも、そんなことはなかった。
それから、力強く山崎を抱きしめた。

「大丈夫だ」

大丈夫だから、と。
そう言うと、山崎の体から力が抜けた。

「バカだな。お前は、いつもそんなこと考えてたのか」
「……っ」
「愛される資格とか、そんなものは元々ねえんだよ。俺はお前が好きで、お前は俺が好きなんだろ?だったら、これ以上のことはねえじゃねえか」
「土、方さん」
「つーか、お前は考す……ぎ、……え?」

「土方さん、」

あの、クソ生意気な呼び方ではなく、呼ばれなれたそれで呼ばれて。
思わず、顔を覗きこもうとしたら、「見ないでください」と止められた。
チラリと、耳が赤いのはかろうじて見えた。

「戻ったのか」
「はい。なんとか」
「そうか」

こんなあっさりと戻ってしまうものなのか。なんだか、拍子抜けだ。いや、さっきから混ざっているような感じはしていたけど。
グルグルと考えていると、山崎が申し訳なさそうに話し出した。

「その、ご迷惑をおかけしました。ジミーが、色々言ったみてえで」
「いや、……戻って、よかった」

ジミーも可愛いといえば可愛かったが、やはり退にはかなわない。
何より、今日中に会えたことが、なんだかんだで嬉しくて。

「土方さん、」
「おう」
「お、お誕生日、おめでとう、ございます!!」
「ああ。ありがとな」

やっぱり少し怒ったみたいに、本日二度目のおめでとうをもらった。抱きしめた体から伝わる、心臓の鼓動が、うるさいくらい響いてる。
ああ、やっぱりコイツじゃなきゃな、と小さく笑った。






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無理矢理臭いのは、途中でデータを紛失した私が拗ねたからです(単純)
一ヶ月以内なら誕生日お祝いでセーフってじっちゃが言ってた。