手で穴を掘って、そこに骨を埋めた。 昨日までは仲間だった、骨だ。
家族も恋人もおらず、世話をする者が居なかったから、上司である自分がすることになった。 組にも内緒で、やっていた。―――骨になった男は、裏切り者だったから。 男を粛清したのは、俺だ。 副長にも報告していなかった。副長の手を煩わせるまでもないと思ったから。男のせいで、真選組にも死傷者が出た。局長も副長も、みんなみんな悲しんだ。 これ以上、悲しい思いをさせてはいけない。
「なんで、そっちについたかなぁ」
手についた土をはらいながら、呟く。 死んだ男と自分は、同じ監察で、同郷だった。贔屓をすることはなかったが、よく一緒に飲みに行った。故郷について語ったり、監察のあり方について夜明けまで語った。物怖じしない性格で、物事を探求するのが好きだった。監察としては、それがマイナスになることもあったが、総じて優秀な人物だったように思う。
「一緒に故郷に帰ろって言ってたのに」
何年後になるかはわからないが、もし長い休みがもらえたら、故郷に戻ってみようと、よく言い合っていた。 墓石を立てて、花を飾る。お線香を焚いて、下手くそな経をあげて、手を合わせた。 しばらくそうしてから、立ち上がる。
「でも、許せないよ」
副長が悲しんだ。みんなが辛い思いをした。負け戦になった。それは、監察として、許せなかった。いくら気のおける仲だからと言って―――いや、だからこそ、許しちゃいけなかった。 もっと早くに気づいていたら。そっちは駄目だよと言ってやれれば。 色んな人が死なずに済んだかもしれないのに。 それがひたすら悔しかった。
屯所に戻り、綺麗に手を洗ってから、副長室に赴いた。 部屋に入ると、私服に着替えた副長がパソコンに向かっていた。最近は、デジタル化している書類も多いので、仕事でパソコンを使う機会が増えている。俺は、それが一段落するまで、静かにジッと終わるのを待っていた。 数分したところで、土方さんがこちらを向いた。
「誰だった」
その問いかけで、副長が全て知っていることを悟った。自分のミスだと報告しようと思っていたのだが、もうお見通しらしい。
「逢坂です」 「ああ、お前のとこの」 「はい」 「どうした」 「局中法度第21条に基づき、粛清いたしました」 「ご苦労」
それ以上、副長が追及してくることはなかった。いつものように厳しい表情をしている。
「……同郷だったろう、たしか」
確認するような台詞に、思わず頷いた。ちゃんと覚えているのだな、とそんな立場ではないのに、感心してしまう。荒くれ者を束ねるNo.2だから把握しているのか、それとも土方さん自身が細かいところまで覚えていたのか。多分、両方だと思う。
「仲、良かったんだろ」 「まあ、それなりに」 「亡くして、惜しいか?」 「いえ、」 「なんでだ。お前、いつも嬉しそうにしていただろう」 「真選組を裏切ったやつです。惜しくなんか、」 「本当か?」
副長の表情が、厳しい。いつものように。 ―――どうして、そんなに聞くんだ。そっとしておいてくれ。 苦いんだ。許せないんだ。辛いんだ。 負の感情が、胸を渦巻く。耐えきれずに、目を伏せると、「こっちを見ろ」と言われた。
「ちゃんと見ろ。逃げるんじゃねえ」 「土方さん、俺、」 「辛いんだろ。苦しいんだろ。それを、組のせいにしてんじゃねえ」
組を言い訳に逃げるんじゃない、と。 怒鳴るでもなく、静かに諭されて、ついに何かが決壊した。
「スゴく、いいやつだったんです。一緒に仕事したり、サボったり、遊んだりして、……なんで、裏切ったのか、分からねえんです」
思想の違いだと、男は最期に言った。真選組にはない、世の中を考えた思想だったのだと。世界が変わるかもしれないくらいの志だと。 どうして、あなたはこっちに来てくれないのですか。そう、悲痛な面持ちで叫ばれた。
「どこで違ったのかも、いつ違ったのかも、わかりません。あんだけ一緒にいたのに。それで、こんなに被害を出して。それでも、分からないんです」
一緒に行こうと差し伸べられた手を、腕ごと斬り落とした。 驚いた表情の男に、そのまま心臓を貫いた。 向こうからしたら、俺の方が理解できなかったのかもしれない。
「アイツが裏切って、組に被害が出て、本当に悔しかったんです。憎しみすら覚えました。あいつが居なかったから、真選組の被害は、大きくならなかったかもしれない。そう思うくらいに。でもね、」
ポタリと、暖かい雫が手に落ちた。副長の姿がボヤける。鼻水まで出てきた。体が震える。 そこで、ようやく気づいた。ああ、いま、俺は、泣いているのか。
「好きだったんだ。……アイツといるのが楽しくて、アイツのことが好きだったんだ!!」
それを一度認めてしまえば、もう涙は止まらなかった。幾筋も、幾筋も、頬を伝って落ちていく。蛇口の壊れた水道のようだった。 しゃくりあげていると、土方さんに抱きしめられた。頭をグシャグシャと撫でられて、それがますます涙に拍車をかけた。わんわん声をあげて、子供のように泣きわめいた。 アイツが死んでから、初めて流す涙だった。
「帰ろうって、約束、したのに!!いつか、故郷に、帰ろうって!!なのに、なんで、なんで…っ!!」
いくら問いかけても帰ってこない。もう、アイツはいないんだから。 そのことが、悲しくて、どうしようもなかった。
「許してやれ。人が変わったのに気づけるやつなんざ、そうそういねえよ。距離が近ければ近いほどな」 「俺は、アイツのそばに、いれましたか」 「ああ。……そんで、自分のことも許せ」 「俺?」 「そうだ」
涙でぐしょぐしょの俺の顔を見て、土方さんは真面目な顔で、言った。
「アイツが思想を変えたのに、誰も気づかなかった。お前だけじゃねえ。俺も、近藤さんも、他の監察方も、誰も。だから、お前の咎じゃねえ。誰が悪かったわけでもねえ。だから、自分のことも、許してやれ」
思い詰めた顔してんぞ、と頬を撫でられる。そんな顔をしていたのだろうか、自分は。 いや、確かに顔色が悪いと言われたことはあったような気もするが。
「許せますか、アンタは」 「ああ」 「俺にもできると思いますか」 「当たり前だろ。俺の一番の部下なんだからな」
自信ありげに言った副長の後ろで、アイツが嬉しそうに笑った気がして。 ああ、これは許さなきゃいけないな、と笑ったら、また涙がこぼれた。
***
局中法度第21条、敵と内通せし者これを罰する、です。テストに出ます。 色んなとこからちょこちょこリスペクトさせていただいてます。パクリだなんてそんな。 泣く山崎さんが見たかっただけ。
|