『今から、駄菓子屋に来い』
「…は?」
食堂のおばちゃんに渡されたメモに、首を傾げる。まったく以て意味が分からない。意図も分からない。 ワープロで打ったような特徴のない文字の羅列をジッと見つめた。 どうすればいいのかと戸惑いながら、朝御飯を受けとる。
「これ、なんなんすか」 「さあねえ。あたしゃ渡してくれって頼まれただけだから」 「はあ…」 「まあ、行ってごらんよ。あ、そうそう。茶碗蒸しはサービスだよ」
そう言われて、他の人にはない茶碗蒸しをもらった。それから、「誕生日おめでとう」と告げられる。 こうして、俺の奇妙な一日が始まった。
メモ書き通りに向かった駄菓子屋で、また新しいメモをもらった。 筆跡は先ほどと違い、豪快で大雑把な字だ。
『団子屋に行け』
「ねえ、おばあちゃん。このメモ渡したの誰なんですか?」
80歳はゆうに越していそうな店主のおばあちゃんにたずねるが、笑われるばかりで答えは返ってこなかった。
「ほっほっ。さて、誰だったかねえ」 「……知ってるでしょう?」 「わしゃ分からんよ。ああ、これ持ってきなさい。あんたの好きな飴。たくさん詰めといたからね」 「ありがとうございます。いいんですか?」 「いいんじゃよ。お誕生日おめでとう」
本日二度目のお祝いをもらい、駄菓子屋をあとにした。
さすがに、外で団子を食べるのは寒いので、中で食べながら、次のメモを渡された。 また筆跡が違う。さっきみたいに豪快だけど、どこか繊細な文字だ。
『呉服屋に行け』
「ミカちゃん、このメモ、誰に渡されたかとか」 「内緒よ」 「ですよねー…」
看板娘にしては随分と冷めた子だ。顔はとびきりの美人なんだけどなぁ、と思わず苦笑してしまう。 いつか思い人ができたら少しは丸くなるのかな、なんて勝手に想像してみたり。
「てゆーか、誕生日なんだってね。おめでとう」 「ありがとう。また一つおっさんになっちゃったよ」 「元からよ」 「あ、そう…」 「お母ちゃんがアンタにってみたらし団子。持って帰んなさい」 「うん、ありがとう」
お団子がいっぱいに入った袋を渡された。なんだかどんどん荷物が増えていってる。でも、贈り物だからいやじゃない。重くなる腕に反して、ニコニコと笑顔になった。
呉服屋で渡されたメモは、よく見慣れた几帳面な四角い字だった。カクカクしていて、よく見るとなんだかかわいらしい。 内容は、全然かわいくないが。
『スナックすまいるに行け』
「ここに来てすまいるときたか…」 「いやー、山崎さま、お誕生日なんですね!!おめでとうございます」 「ありがとうございます」
一人言が聞こえなかったのか、担当の男性がベラベラと喋る。少々うるさいが、センスはピカ一なので、よく贔屓にしているのだ。
「素敵な着物をお見立てするよう申しつけられておりますので、どうぞお好きなのをお選びください」 「え、お金とか…」 「すでに頂いております」 「さすが…」
商売人は根性が違う。慈善事業じゃないしな、と割りきる。 でも、最後に名前の刺繍入りハンカチをプレゼントしてもらった。
すまいるに新しい着物で到着したのはいいが、緊張感は最高潮に達していた。 店の前には掃除をしているたまさんがいて、俺に気づくと綺麗な会釈をしてくれた。 ああ、今日も美しいです!
「こここここんにちは!!」 「山崎さま。お誕生日おめでとうございます」 「あああああありがとうございます!!ありがとうございます!!」 「ケーキをお渡しするよう仰せつかりましたので」 「あああああありがとうございます!!」 「そして、これは私から……」 「えっ、いや、そんな、たまさんが俺にプレゼントなんて!!」 「特製もんじゃ焼きです」 「……あ、ありがとう」
最後だけどうにもリアクションが取りずらかったけど、たまさんからもプレゼントをもらえたことにニヤけが止まらない。 渡されたメモには、斜めった流暢な字で次の指示が書いてあった。
『屯所に戻ってこい』
時刻は、夕方の五時を回っていた。 そう言えば、なんだかんだで街を歩き回り、もうクタクタである。 お昼も、団子くらいしか食べていなかったからお腹もぺこぺこだ。 たまさんに挨拶をすると、俺は帰り道を急いだ。
***
「ただいま帰りました!!」 「おう、おかえり」
テレビがある広間に顔を出すと、局長を始めとする知り合いの隊士がたくさんいた。 荷物をしまうため、共有の冷蔵庫にもらったものをしまいに行き、すぐに広間に戻ってくる。
「今日一日、どうだった」
そわそわしながら局長が聞いてきた。答えは一つに決まっている。
「スゴく楽しかったです。素敵な一日をありがとうございました」 「なんだ、分かってたんですかィ」
つまらなさそうにそう言ったのは沖田隊長だ。「当たり前じゃないですか」と返しながら脅迫状のようなメモを並べていく。
「最初は篠原でしょ。次が局長。んで、原田。それから、副長。最後が隊長ですよね」 「おもしろくねェの。せっかく驚かしてやろうと思ったのに」 「驚きましたよ。でも、それ以上に嬉しかったです」
ヘラリと笑えば、ムッとした沖田さんにデコピンをくらった。痛いけど、それすらも嬉しい。
「山崎、その……あれだ」
言いづらそうに、副長が口を開く。吸っていた煙草の火を消して、まっすぐこちらを見る。
「誕生日、おめでとう」 「ありがとうございます」
「よしっ、じゃー宴会でもするか!!」 「酒だ!!酒を持ってこーい!!」
わいわいと騒ぎ出す男達に、なんだかとても胸がいっぱいになった。 これが幸せってことなのかな、なんて柄にもなく感じた。 今日は、最高の一日。
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