ひどく、幸せな夢を見た。
(でも、すでに記憶が朧気だ)
ぼんやりしながら歯をみがく。歯みがき粉をたっぷりつけて、泡立てるようにして歯をみがくのが習慣だった。歯ブラシで泡をもこもこにしながら、今日の夢を思い返す。
自分は、学生のようだった。学ランを着ていたから。そして、誰かと電話をしていた。そこまでは、思い出せるのだが。 なんだか、優しい言葉をかけられた気がする。そして、好きだと言ったような感じもある。相手もそれに応えてくれた。幸せな時間だった。
「欲求不満なんかねぇ」 「なんだ、ヤりたりねえのか」 「ふ、ふくひょお!!」
いつの間にやら横に立っていた土方さんが、一人言に返事した。ボーッとしてたとは言え、土方さんが横に立っていたことに気づかないなんて、山崎退一生の不覚。
「歯みがき粉飛ぶだろうが!!前を向け!!」 「ふいまへん!!」
新年一発目の怒声に、慌てて口をゆすぐ。全然みがいた気がしないくらいにボサッとしていたらしい。 横を盗み見ると、大層機嫌の良さそうな副長殿がシャコシャコと歯みがきをしていた。昨日は元日だったし、怒鳴るの我慢していたからかな、とその機嫌の良さを推測する。 今年も怒鳴られまくるのは決定だな、と肩をすくめつつ、ふと夢のことが脳内をかすめた。 もしかして、あの夢は初夢だったのか。気がつくと、なんともこっ恥ずかしくていたたまれない。乙女成分が分泌されまくってる、としか思えない。 だとしたら、やっぱり何か欲求不満なんだろうかと、自分に呆れてしまう。 あんなに愛されてると言うのに。
「副長は何か初夢見られましたか」
無意識のうちにそう訊ねていた。土方さんは、一瞬、訝しげな表情を浮かべてから、考えるように眉間に皺を寄せた。
「よく覚えてねえ」 「ですよねー」 「だが、誰かと電話をしていた気がする」
心臓が口から飛び出したかと思った。それくらい驚いた。 お揃いの夢を見たってことか。夢が揃うなんてありえるのか? ていうか、誰と。誰と電話してたんですかアンタ。
「多分、お前だと思う」 「えっ!?」 「なんか、お前な気がする」
そう言うと、副長は口をゆすいだ。 どういうことだ。副長は俺と電話している夢を見て、で、俺は、じゃあ、誰と電話していたんだ? あやふやな夢の端っこを掴む。家にいて、電話していて、ちょっと緊張してて、でも幸せで。心がぽかぽかして、それだけでいっぱいいっぱいで、もう何もいらないくらいに満たされていて。 ―――そして、貴方が迎えに来てくれた。
「副長!!姫始め!!姫始めやりましょう!!」 「やっぱりヤりたりねえんじゃねえか」 「今シたくなりました。アンタがほしいんです」
強請るように副長の袖を掴み、副長の方を見る。土方さんは愉快そうに口端をつり上げて、俺の頭を撫でた。
今年もいい年になりそうだ。
|