2012土方誕。

江戸の町を歩いていたのに、江戸じゃないところに来ました。


「ええー…?」


というか、学校だ。校内だ。学ラン来てるし。なんなのここ。どこなの此所。
学校のわりには廊下に全く人気がない。授業中の可能性もある。廊下のはしっこなので何も分からないが。


「なんでかなあ…」


首を傾げるが、全く心当たりがない。
チャイムが鳴って、逃げるように階段を上にあがった。

初夏の風を受けながら、フェンスによしかかる。そのままズルズルと床に座った。

どうしてこんなところに来てしまったんだろう。俺は、見廻りしてただけなはずなのに。
ため息をついてみるが、事態が変わるわけでもない。

ふいに、屋上と校内を繋ぐ扉が静かに開いた。ヤバい、見つかる。だけど、隠れる場所なんて何処にもない。覚悟を決めるしかなさそうだ。


「……あ?何やってんだてめェ」

「え、土方さん?」


扉を開けて外に出てきたのは、スーツを着た土方さんだった。いや、多分俺が知ってる土方さんとは違うんだけど、姿形そっくりな土方さんだ。何言ってんだ俺。
その土方さんは訝しげに俺を見ながら口を開いた。


「普段は土方さんなんて呼ばねえくせに」

「え?」

「なんなんだよ。誘ってんのか、ゴラ」

「い、いえ!!そんなつもりは…!!」


いつの間にか目の前にまで距離が迫ってる。もう少し近づけば唇と唇が触れあいそうだ。そういえば、最近キスとかしてないや。あれ、最後にキスしたのいつだっけ。なんか、ここ数年してなくね?あれ?


「……お前、本当に山崎か?」

「はい?」

「匂いが違う。あと、雰囲気もおっさんくせえ。誰かが化けてんのか?」

「おっさんってなんなんですか!!違いますよ!!」


不思議な顔をしている相手に腹を立てながらも、自分が置かれてる立場を説明する。土方さんは、俺の前にあぐらをかいて煙草を吸いながら話を聞いてくれた。相槌の打ち方なんかは副長より上手い。あの人がいかに俺の話を聞いてないか分かる。


「ようするに、パラレルワールドだな」

「あ、似ていて違う世界ってやつですね」

「そうだな。…そうか、頭の出来もうちの山崎と違うな」

「失礼な。俺なんだから頭いいですよ」

「どうだか。数学だけ赤点取りやがって、あのバカ」


それから、この土方さんは自分のことを数学の教師だと説明した。それから、まだこの世界の俺とは付き合いたてらしい。まったく、羨ましい限りだ。うちの副長とは心の余裕が違う。話を聞いてくれるし。


「お前らは、どうなんだよ」

「俺らですか?そうですねー…」


もう付き合い始めて十年以上経つ。デートすることも少なくなった。仕事に追われ、休みの日はホテルに直行する。気がつけば、誕生日もクリスマスも、もう何年もやっていない。もっと相手に近づきたい。そう思いながらも、行動するには少し遅い気もした。
そんなことを、メチャクチャな日本語で話す。段々感情が昂ってきて、泣きそうになった。土方さんは、急かさずにゆっくり話を聞いてくれる。


「好きなのか?俺のこと」

「好きです。誰よりも一番、愛してます。あの人に命を捧げるくらい」

「だったら、ぶつかってみろよ。どうせ俺のことだから自分からは行かねえ。行けたらいいんだけどな。お前が来てくれるって信じてるから甘えてんだ」


大丈夫だ、と言われて心が落ち着いた。昔から、土方さんの大丈夫に励まされてきた。そういえば、告白するときも励まされていたな、と思い出して可笑しくなる。
目の前にいる教師の土方さんは何本目か分からない煙草をくわえてニヒルに笑った。


「パラレルワールドってのは人間の魂がおんなじもんらしい。俺はてめえを何百年でも愛してやるって自分に誓ってる。多分、向こうの俺もそうだ。とっとと帰ってイチャつけやゴラ」

「……帰り方分からないんですけど……」

「町歩いててこっち来たんだろ?じゃあ、同じことしたら帰れんじゃねえの。早く帰れよ。退に会いたくなってきた」

「そんな適当な!」

「他に方法があんのかよ」

「……ありません」


あまりにも胡散臭いけど、試してみなければしょうがない。ため息をついて、立ち上がった。
ドアノブに手をかけたところで、声をかけられる。


「そういやあ、今日なんの日か知ってるか?」

「時系列があってれば、こどもの日ですね」

「……それだけか?」

「ええっと……あ!!」

「イベントスルーしてたって話マジだったのかよ…」


ガッカリしてる土方さんには申し訳ないが、副長とラブラブに戻りたい俺にとっては死活問題だ。おなざりに感謝と祝いの言葉をかけて、扉を開ける。慌てて階段を降りようと足を前に出し、


「え?う、うわあああ!!!!!」


俺はそのまま階段から落ちたのだった―――。









目を固く閉じるが、衝撃がいつまで経ってもこない。恐る恐る目を開けると、土方さんに抱き止められてた。


「あぶねえな。ちゃんと前見て歩けや」

「あれ?土方さん?」


目を見開いてまじまじと相手を見つめる。どうやら土方さん副長バージョンらしい。ということはちゃんと元の世界に帰って来られたのか。
キョロキョロと辺りを見回すと、屯所の中にいるようだった。中庭の新緑が目に眩しい。どうやらまだ昼間のようだ。


「どうした?」


尋ねられてハッとする。そうだ、早く言わなきゃいけないことが山ほどあるのに。


「好きです!!」

「は!?」

「好きなんです!!だから、デートしましょう」

「ちょっ、まっ」

「ディナーに行きましょう。映画も見たいです。あと、あと、ケーキも買ってそれから、」

「うるせえええ!!」

「ぶべらぁっ!!」


見事なアッパーを喰らって廊下に叩きつけられる。そのまま胸ぐらを掴まれ、グラグラと揺さぶられる。そのわりに土方さんの顔は真っ赤だ。


「てめえええ!!突然なんなんだよ!!からかってんのか!?たまってんのか!?あぁん!?」

「違います。好きなんです」

「それは分かったから!!」

「お誕生日。おめでとうございます」


ずっと、何年も言ってなかった言葉をつたえるとピタリと土方さんが動きを止めた。
これはフルボッコのパターンか?


「飯、行くぞ」

「え?」

「行きたかったんだろ?あとなんだ、映画だったか」

「……はい!!」


フッと微笑んだ土方さんの手を取って、屯所を出た。ああ、こんな幸せなことがあるのだろうか。

来年はもっともっと幸せな気持ちでお祝いできますように。






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