果物屋から林檎を一つもらった。 サボりにガキと遊んでやったら、その父親がくれた。またぜひ遊んでやって下さい。友だちが少ねェもんで。そんな言葉と一緒に寄越された其れは、真っ赤に熟れてちょうど食べ頃みたいな色をしている。
屯所に帰ってきてから、縁側で放り投げながら遊んでみた。上にあげては、掴み。またあげては掴み。 不思議なほど冬の殺風景によく映えるその赤を眺めながら。
「沖田隊長、林檎なんてもらったんですか」
ふと、後ろから声がかかって、振り向く。と、そこには書類の山を抱えていた山崎が、首を少し傾げながら声をかけてきた。うちの屯所にはダンボールいっぱいの蜜柑くらいしかないからだろう。 果物屋からもらったのだと説明すると、納得したように頷かれた。
「あそこの親父さん気前いいですからね。時期があえばメロンだったかもしれませんよ」
「メロンなら一人でさっさと食うな」
「沖田さんらしいですね」
山崎はカラカラと笑う。ムカつくから林檎を投げつけてやれば書類の山の上に乗っかった。なんとも運動神経の良いやつである。
そのあと二三言交わして、束の間沈黙が流れた。どうでもいいようなことだったと思う。 赤というのはよく目を引くものだ。自然と目線がそちらに向かう。
「……もし、」
口を開いたのは自分の方だった。
「血の色が、それくらい赤かったら、」
言いかけて、やめた。しょうもない例え話だ。特に続けたいこともない。 けど、山崎は律儀に返してくれた。
「人殺しが増えるかもしれませんね。見事な赤ですから」
「ハッ、そいつァ御免でさァ。仕事が増えるだけじゃねェかィ」
「全くです。優しい赤は、此れだけで充分だ」
そう言ったところで何処かから「山崎ィィィ!!」という耳慣れた怒鳴り声が聞こえてくる。途端に慌て出した彼に吹き出して。
「早く行けよ。あとで切って下せェ」
「すいません!!これ置いてきたらすぐ!!」
抱えていたたくさんの書類を少し掲げて示される。さっさと行ってこいと視線を外せば、早足で駆けていく音が聞こえた。冷たい縁側には、また一人である。
それから、昔は姉上が切ってくれていたことを思い出した。林檎が食べたいと言えばすぐに切ってくれたのだ。そんな人が身近にいたのはスゴい幸せだと思う。決して今はいなくても。
――いや、そんなことを言ったらアイツに失礼か。
苦笑を漏らしながら、寒い冬空を見上げる。きっともうすぐ戻ってくる筈だ。
「沖田さん、お待たせしましたっ。今切ってくるんで部屋で待っててください!!」
ほら来た。 息を切らして子どもみたいにほっぺた赤くして。そこまで急がなくてもいいのに、と思わず笑ってしまった。
「じゃあ、頼まァ。あ、それから」
「なんでしょうか?」
「うさぎさんな」
「え、めんどくさっ」
「そのあと擦れよ」
「輪をかけてめんどくせェェェ!!!!」
プリプリしながら言われながらも「皮ごと擦っていいんですか?」と尋ねられる。どうやらやってくれるらしい。頷いて立ち上がった。
「アンタの部屋にいやすぜ」
「はいよ。炬燵にでも入っとって下さい」
「言われなくても」
なんだかんだできっと彼は我が儘を聞いてくれるだろう。ニヤリと笑いながらその背中を見送る。
――姉上、アイツが僕の大切な人です。 姉上のうさぎりんごが食べられないのは残念だけど、ちゃんと切ってくれる人がいるから、心配しないで下さい。
空に向かって報告をして、ゆっくりと暖かい炬燵に歩き始めた。
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