ラブレター。



「また手紙かィ?」

「あ、沖田さん」


質素な便箋にシャーペンで文字を入れていると、同級生の沖田さんが除きこんできた。
大学に入る前からずっと一緒にいる数少ない友人の一人。


「熱心なことで」

「ははっ…まあ」


あまり見ないでくださいよ、と笑いながら隠す。一応、ラブレターってやつなのだ。
沖田さんは俺の前の席に座って、つまらなさそうに俺のことを眺め始めた。特に用件もなさそうなので、作業をしながら書く。


「そんなに一生懸命、何を書くことがあるんでさァ」

「いっぱいあるんですよ、それが」


書いても書いても書ききれないくらいたくさんのことがあって、それをなんとか便箋一枚に納めている状態だ。
便箋を封筒にしまい、封を閉じる。それから、丹念に切手を舐めた。


「いや、そんな舐めなくても良くね?」

「剥がれるかもしれないじゃないですか」

「剥がれねえよ」


ツッコミを入れられるけどやっぱり心配で、よだれでベッタベタになるくらいにしてから貼った。
これで俺の心が届くなら安いもんだ。


「そーいやあ、ザキは就職先どこにするんでィ」


完成したラブレターを満足げに見ていると、そんなことを聞かれた。
そういえば就活の季節かと周りの様子を思い出す。


「給料が高いとこ」

「……だけかィ」

「家賃13万だし、俺」

「高くね?高すぎじゃね?」

「あとはどこでもいいです」

「ザキ、それなら近藤さんの会社で働こうぜ」

「あ、そうする。沖田さんもそうしますか?」

「当たり前だろィ」


俺の就活は三分で終了だ。近藤さんも沖田さんと同じように昔から仲が良いし、多分最初からそういう話だったのだろう。
とにかく、今はラブレターが書ければそれでいいのだ。





二年目も同じようにがむしゃらだった。
近藤さんの会社で馬車馬のように働き、家に帰るとゆっくりラブレターを書く。そんな日々の繰り返し。
かろうじて生活が成り立っていたのは、沖田さんが横に引っ越して俺の監視をしていてくれたおかげに違いない。

冬に暖房を焚くときは気をつけなければいけないと思い知らせれた出来事がある。
いつものようにラブレターを書いていたときだった。

「ザキ、いやすかィ?」

「あ、沖田さん。お疲れ様です」


勝手に部屋に入ってきた沖田さんを背中の後ろに確認しながら、俺はシャーペンを走らせていた。


「……気づいてねェみてェだから言うが、アンタ燃えてますぜ?」

「え?……ギャアアア!!あちちちっ!!ちょ、ええええ!?」


沖田さんに言われて始めて服が燃えていることに気づく。襟の部分以外は焼失していた。
原因は石油ストーブがセーターに引火したことらしい。それ以来、石油ストーブは極力避けている。





三年目にはmi/xiにラブレターを上げてみた。
便箋一枚に納まらなくなったっていうのと、少し慣れてきたから。


「ちょっ、友だちにマイミク申請できないって言われたんですけど、どうしてだと思いますか?」

「つーか、てめえのマイミクカンストしてるぜィ?」

「え、」


こんなに大勢の人に見てもらってるのに、あの人からの返事はまだ来たことがない。
部屋に投函してるのに、まだ来ない。






四年目になった。
ついにラブレターが文学の域に達した。
雑誌に投稿したら社会問題を引き起こした。


「ついに会社やめるのかィ」

「収入越えましたしねェ」


出版された詩集は重版がかかり、インタビューで引っ張りだこになり、仕事ができなくなってしまった。
いつでも戻ってきていいという近藤さんの言葉に甘えて、暫くはラブレターに専念することにした。


「さすが俺」

「うるせェ、ザキのくせに」

「ちょっとォォォ!!ザキのくせにってなんですかザキのくせにってェェェ!!」


そうやって怒って見せたって長年の友人には通用しない。何年経っても変わらない悪戯っぽい笑みで彼は笑った。






五年目にはプロのポエマーだ。
特に二十代、三十代の女性にウケているらしい。ありがたい話だ。


「どっちかってーと女目線だけどねィ」

「なんでも共感を呼ぶらしいですよ。甘酸っぱい中学生の恋を思い出したとかで」

「中学生って、お前の恋はまだまだガキってことだろィ」

「そうですかねえ」

「この前も道端で女に囲まれてたじゃねェかィ」

「あんなの、ひじきの生えた大根と同レベじゃないですか」

「本当に一途な野郎でィ」


沖田さんはそう言って笑った。
後輩もたくさんできて、もう昔のヤンチャとはかけ離れた、落ち着いた社会人だ。ただし、プライベートではあまり変わっていない。
あの人が傍にいたらなにか変わったのかなと思う。けれど、会社がマヨネーズだらけになっていた未来しか想像できなかった。






六年目にはは体を壊した。


「シャーペンは握れるだけましか」

「いや、そんなこと言わんで下さいよ!!」

「だって、相変わらず病室じゃラブレターだろィ?」


入退院をくり返す日々の中でも、沖田さんは必ずお見舞いにきた。


「骨は全部折ったし、内蔵は全部患ったし、怖いものなしだねィ」

「笑い事じゃないし」

「何通くらい書いたんでィ」

「無視か。……もう、二千は越えたと思いますよ」


マヨの飾りが付いたシャーペンは、もう折れてしまいそうだ。