━━……姫は、民から暴君王女と呼ばれている。 それほどまでに酷い行いを繰り返してきた。 私情による戦争で多くが死に、不作が続いて多くの者が飢餓に苦しんでいる。 けど、王子は気づかない。絢爛豪華な生活を過ごしている。
「ここは平和だねィ、退」
「……そうですね、王子」
王子は知らない。城下町の様子だけじゃ分からない、もっと地方のことを。国のことを。世界のことを。 キチンと教えなかったのは俺だ。同じ血が流れていて、誰よりも信頼されていると、自惚れではなく分かっている。 それなのに、何も言わなかった。 ならば、俺が責任を果たそう。
「ご報告です!!」
「入室を許可した覚えはねェけど?」
部屋に飛び込んできた部下を王子は冷たくあしらう。その鉄甲冑が赤黒く染まっていても、労ることはしない。部下は顔を真っ青にして跪いた。
「申し訳ございません。しかし、急用故に何卒ご理解とお許しを」
「つまらねェ御託はいらねェ。用件は」
椅子に座り、窓の外を見つめながら王子は聞く。俺が「顔を上げて下さい」と声をかければ、部下はゆっくり顔を上げて報告を始めた。
「怒れる国民たちが、王子に反乱を」
「なっ…どういうことでィ!!」
「首謀者は赤き鎧の女剣士。素性は調べてる途中に御座います。反乱軍は五千。我が軍は…三百」
その三百も、先の戦で疲れ果てております、と。 その言葉と共に、爆発音が響いた。
「…どうやら、本当のことみたいですね」
王子は外の景色をみて爪を噛んだ。見なくても分かる、既に包囲されてるだろう。 窓から空ばかりを見ていた王子さま。少し下に目を向けていれば、何か変わっていたかもしれない。
『〇〇国第一王子・沖田総悟に告ぐアル!!無駄な抵抗はやめて出てくるヨロシ!!お前に勝ち目はないネ!!』
「くそっ、調子に乗りやがってチャイナ娘っ!!!」
憤りながら立ち上がる王子に、俺は――その足元にかしづいた。
「王子、やめましょう」
「退…?」
「王子に死んでほしくはありません。だから、」
最後くらいは、笑顔で。
「俺の服を貸しましょう」
「これを着て、すぐお逃げ下さい」
「俺らは双子じゃないですか」
「きっと、誰にも分かりません」
「大丈夫」
――王子が殺されることが報いならば、俺は敢えてそれに逆らいましょう。
処刑の時間は、午後三時。 それを聞いて、少し同情したのかもしれない。 王子が一人きりでいる牢屋に足を運んだ。
「入るアルよ」
声をかける。返事はない。一度も喋らないのだという。 窶れて、見るも無惨な姿になったその男は、
「お前、総悟じゃないネ。双子の片割れダロ」
「お気づきでしたか」
美しい衣装に身を包んでいる男は恐ろしくそれに不似合いな平凡な笑みを浮かべた。柵越しにそれを見ながら眉をひそめる。
「オマエ、総悟の暴君っぷりにあきれなかったアルか?どうして身代わりになったネ」
「理由はありませんよ。ただ、」
『――俺だけ逃げるなんてできやせん。双子じゃねェかィ。俺一人だなんて、不公平でさァ』
「12の時に決意したから。そして、王子が昔と変わらず優しかったからですかね」
「ただのブラコンネ」
「他に何を期待したんですか?」
男は笑う。どこまでも優しくて、同時にどこまでも残酷な笑みだった。
教会の鐘が鳴り響く。昔と変わらない音で。 処刑台に立ち、辺りを見回す。そのなかに、果たして彼はいた。 その、泣き出しそうな瞳に苦笑する。全く、昔から甘えん坊だから仕方ない。 目を積むって、その時を待つ。ギロチンにかけられるのは、なんと俺が初めてだそうだ。名誉なことである。
「何か、言い残すことは」
「―――……あら、」
おやつの時間だわ。
最後に浮かんだのは、大好きな人の笑顔だった。
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