イライラ。イライラ。
ああ、なんでこの男はこんなにも優柔不断なんだろう。全く、困っちまう。女々しいったらありゃしない。 見ているだけでこんなにイライラするなんてこと、あまりない。俺は気が長い方なんだ。 それだってのに、この男ときたら。
「別れてえんですか。違うんですか。早く決めて下さい」
イライラしながら言葉を投げつければ、同じく苛ついてるらしい目の前の男は、震える息で紫煙を吐いた。
「別れねえよ」
「じゃあ、アドレス消して下さい」
「それァ…無理だ」
「……あのねえ、土方さん」
いっそのこと舌打ちをしてやりたいくらいイライラする。なんでだってこんなに苛つくんだろう。 ……ああ、理由なんか分かってる。はいはい、どうせ俺は甘ちゃんですよー。
「浮気されて、それでも俺がアンタに着いていくわけないでしょう。その浮気相手……いえ、本命ですかね。とにかく、その子と縁切らねえんなら、俺と別れて下さい」
たったこれだけのこと。それなのに、どうしてこんなにも決断が遅れているのだろうか、このヘタレが。 すっかり薄まってしまったアイスコーヒーを一口飲んで、乱暴にテーブルに戻す。カラン、と軽快な音がして氷が回った。 俺たちのいる喫茶店の中は冷房が効きすぎて寒い。そして、俺たちの会話のせいで、周りの空気が凍りついている。 そんなこと、気にするいわれもないけど。
「言ってんだろう。俺はどっちとも別れねえ」
「…呆れた」
「いつものことだろ」
「別れてやる」
「させねえよ」
「アドレスも電話番号も住所も顔も変えてやる」
「見つけるけどな」
「ストーカー。変態」
「上等じゃねえか」
イライラ。イライラ。 どうして、俺だけにすると言ってくれないのだろう。 分かってる。本当は分かってるんだ。 別れるなんて言っても、土方さんが大好きなこと。 だから、こんなに苛つく。
でも、悔しいかな。余裕綽々な土方さんの顔はいつも以上に男前だ。
「今日はどこにも行かねえからさ。夕飯作っといて」
ニヒルに笑う土方さんの脛を蹴り付けながら、俺はスクッと立ち上がった。
「今日の夕飯はマヨ抜きですからね」
ああ、あとが怖いや。 イライラは収まって、このあとの仕打ちを考えつつ。俺は真っ赤になった頬を隠すように走って店を出た。
|