▼ 売れっ子と無自覚-03-利吉side
はあ……、なぜこんなことに?
厄介事に巻き込まれた気がするのは気のせいだろうか。怪我はしないでくださいね、と言う青年の声を背後に聞きながら私はちりめん問屋に足を進めた。
遡るは半刻前。
たまたま忍務を終わらして立ち寄ったこの城下町でぶらぶらと歩いていた時のことだ。町娘達の話をふと耳にした。
「容姿端麗の旅人の殿方が2人。この町にいるらしいわよ。」
「まあ、そんなに美しい殿方なの?」
「ええ、私が見た限りではとてもお綺麗な方でしたよ!」
きゃっきゃっと騒ぐ彼女たちはとても楽しそうに盛り上がっている。旅人、ね。私も一応そう言うことにしているけれど、他にも旅人が2人いるのか。それも容姿端麗な。
へぇ、と彼女達の話に少しだけ耳を傾けながら歩いていると、とある町娘が私を見てわなわなと震えた。
「ああ〜〜っ!!」
あのお方!と口を押させてこちらを凝視する彼女から伝染されたように周りの町娘もこちらをみて口を押さえだした。絶叫3秒前のことだ。
黄色い声が彼女たちから浴びてからやっと旅人の1人の正体を知る。それはどうやら私だったようだ。
黄色い声から逃げるように駆け込んだ甘味屋でしばらくゆっくりしていれば、また外からきゃっきゃっと騒ぐ町娘の声が聞こえてくる。
「元気だな…。」
「ははっ、そりゃ兄ちゃん見たいな美男がいたら騒ぎもするさ。」
俺の呟きを拾ったのは甘味屋のおばちゃんだった。
「いえ、それほどでは…。」
「いや〜、若い子達が騒いでいた噂の美男の1人に会えるなんてねえ。」
ゆっくりしていきなさいな、と私の頼んだ団子を置いておばちゃんはまた他の客のもとへ向かった。
もぐもぐと団子を頬張っていれば、またいっそ大きくなった町娘達の声と共に青年がのれんを潜ってくる。思わずごほ、と団子を詰まらせそうになった。
彼の顔を見て私は驚きで目を見開いた。彼自身とは面識はないが、私は彼を一方的に知っている。
「利吉さん聞いて下さい!学園に蓮夜さんと言う新しい事務員の方が入ったんですよ!」
「新しい事務員…?」
先日、久しぶりに学園に足を運んだ際に5年生達に聞いたのだ。彼、秋月蓮夜が事務員になった経緯も容姿も。まさか忍務で赴いたこんな遠くの駿河国で出会うとは思いもよらなかった。
「若い子達が"見知らぬ美男"が町を歩いているときゃあきゃあ騒いでたのは兄ちゃんのことだねぇ、きっと。」
『人違いですよ。』
それにしても……。にっこり笑って否定した彼の言葉を耳にした私は思わず苦笑いを浮かべた。あれほど容姿端麗であると言うのに。
「やれやれ、無自覚とは恐ろしいね。」
声をかけてみようかと悩んでいれば外から何やら喧嘩らしき声が聞こえてくる。店の中にいた客達や彼も席を立ちわらわらと外に出ていった。私もそれにつづけば、外では2人の男が取っ組み合いの喧嘩を繰り広げていた。
だが、喧嘩よりも私はキョロキョロと辺りを見回している蓮夜に視線が行く。ふと、何かを思い付いたようなそぶりを見せた彼はその場を去ろうとした。
「あの、すいません。」
どうしても気になってしまい蓮夜に接触する事にした私は彼の肩に手を置き声をかけた。
「何処に行くんです?」
これが彼との初接触。
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