▼ 売れっ子と無自覚-01-
賑やかな城下町を1人ぶらぶらと歩く。
今のところ目的地も無ければ特に何かしたい事も無いので、まあ適当に歩いているわけなんだが。うーん、痛い。なんとも視線が痛い。
町娘達から突き刺さる視線に首を傾げた。
俺、何かしたっけな?特に思い当たる節はないのだけれど。悶々と考えながら歩いているとふと鼻を掠めたのは甘い匂い。 その匂いを辿っていけばそこには一件の甘味茶屋があった。
ちょうど小腹が減ったことだし食べに行ってみるか。そう決めた俺はのれんを潜る。やっぱり甘味の誘惑は手強やとその時改めて思った。
「いらっしゃい!」
席に座ればおばちゃんがメニューを持ってきてくれた。ぜんざい、あんみつ、みたらし、葛切り、水羊羹、わらび餅、大福。まだまだあるメニューにどれを食べようか悩んでしまう。みたらしも捨てがたいけどあんみつも食べたい。いや、わらび餅もいいな。………はっ、雷蔵みたいになってるぞ俺!
そう思ってもやっぱり決められないのでメニューを持ってきてくれたおばちゃんに声をかけた。
『お姉さん、どれがお勧めですかね?』
「あらやだ///お姉さんだなんて!いい年したおばさんなのに!」
『いえいえ、まだまだお若くて綺麗ですよ。』
「照れちゃうわね〜!」
彼女は顔を真っ赤にしながらも豪快に笑う。そんな反応が可愛らしい。
話はずれてしまうけど、女性に優しく紳士であることは今世の幼少からの俺のポリシーなので今更治せない。女性には常に紳士であれ、と両親から教わったことが今ではすっかり板についた。
それにしても、今思ったのだが男尊女卑が当たり前だったこの時代に、父様はどこで英国流等の"紳士"という品格を知ったんだろう。不思議だ。
あれか?【忍たま】だからっていう便利な言い訳が適用されるだろうか。
とまあ、その話は置いといて。
「それはそうと、兄ちゃんここらでは見ない顔だね。あたしゃ下町の人はよく知ってるんだよ。」
『ああ、今一人で気ままな旅をしてるんですよ。こっちの方に来るのは初めてでして。』
まあ、旅をしてるのは嘘だがこの駿河国に来ることが初めてなのは事実。学園長からの忍務がなければこれから先も来ることもなかっただろうけど。
因みに駿河国は現代の静岡県の中部辺りだ。もう少し足を伸ばせば喜三太や金吾の故郷の相模国がある。
さて、今回の忍務は学園を敵対視している城と同盟を結んでいる城が戦の準備をしているとかしてないとか。それの真意を調べることだった。
実際のところ全くのデマで城の忍軍もへっぽこが多かったので、この任務が予想外に早く片付いた。そして今ゆっくり学園に帰る途中なのだ。
「若い子達が"見知らぬ美男"が町を歩いているときゃあきゃあ騒いでたのは兄ちゃんのことだねぇ、きっと。」
おばちゃんが納得したように呟いた言葉が耳に届いた俺は目をぱちくりと瞬かせた。えっと、美男?俺がか?
そりゃ美男美女であった両親から生まれてきたわけだから、ふつメンよりは多少は勝るかも知れないけれど前世の名残もちゃんとあるからなぁ。それに美男といえば土井先生に伊作、仙蔵に留三郎に……あら、考えてみれば学園のほとんどが美男しかいないんじゃないのか?んー、周りにいる人達のレベルが高すぎさっぱりわからん。でもなあ。
『たぶん人違いですよ。』
断じて美男ではないよ、俺は。
さらっと返した俺の言葉におばちゃんは少し呆れたように笑った。
「やれやれ、無自覚とは恐ろしいね。」
ポツリと誰かが溢した声は俺の耳には届かなかった。
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