▼ 賭けと鬼事-02-
よーいどん、と一方的に始めた鬼ごっこ。
慌てて追ってくる出茂鹿さんにくすくす笑った。
だって、あの慌てっぷりがもの凄く可愛かったんだから。あれを皆が見たらどんな反応をするだろうか。うーん、馬鹿にされるか、引かれるか、どっちかかな。結局イメージ回復には繋がらないか。残念だ。
わざと気配を漏らし、森の中を悠々と走る。
体に当たっては流れていく風がとても気持ちいい。揺られる木々の音や、動物の声、降り注ぐ日差し。全部が全部、気持ちが良い。
そして、後ろから追ってくる2つの気配。それすらも今の俺には気分を高揚させる材料でしかなかった。まあ、あっちは若干殺気立ってるけどね。
だんだん楽しくなってきて、少しスピードを落としたり早くしたり変化をつけてみれば、それに応じて、出茂鹿さんも小松田さんも必死に追ってくる。
この光景を6年生や5年生が見てたら呆れて「遊んでやるな」と突っ込むだろうな。なんて考えて、ふふっと笑みが溢れた。想像で笑うとか気持ち悪いなんて言わないでね。
どれぐらい走っていただろうか。
目的の場所までこれば、もう日が沈みかけていて。山々に落ちていく夕陽がそれはそれは見事だった。
「ーーーっつかまえたぁあああああ!」
「ーーあああ、待てぇぇぇ!!」
現れた気配に押し倒されて、地面に転がり込む。
ぱっと顔をあげればそこには満面の笑顔で入門表を目の前に突き出した小松田さんがいた。
『ギリギリの差で小松田さんの勝利、か。』
ぜぇぜぇと肩で息をしている出茂鹿さんは、悔しそうに地面に膝をついていた。惜しかったなあ。あと少しだったのに。
「蓮夜くん、ちゃんと出門表にサインしてから外出してね!!」
『ふふ、ごめんなさい。』
出門表にサインをすれば満足したのか学園の方に走り出した。本当に、彼はこういう時だけ動きが早い。通りで侵入者対策として、いろんな城から勧誘が来るわけだ。
『残念でしたね。』
「……お前は初めから結果が分かってたのか?」
『いえ?現に僅かな差で勝負がついたじゃないですか。』
五分五分って感じではあったと思う。
出茂鹿さんって実力はちゃんとあるし、武芸にも秀でてるし、かなり優秀な部類だ。私利私欲に走らなければね。
「……はあ、今回は私の敗けだ。」
『あれ?随分と今日はいさぎよいですね?』
そう言えば出茂鹿さんは若干むっとした。つんっとそっぽを向いて「しょうがないだろう」と言う姿はやっぱり普段ではあまり見ない素直な姿だった。
「なあ、……お前は、」
『はい?』
「…………お前は、俺をどう思ってるんだ。」
そっぽを向いたまま唐突に聞いてきた出茂鹿さんに対して俺は首を傾げた。
えーと、それはどういう意味だろうか。人として?忍として?それとも事務員として?まあ、いずれにせよ。
『嫌いではないですよ?』
嫌味で、高飛車で、高慢ちきで、意地悪で、自分勝手ではあるけれど。諦めない彼が、たまに輝いて見えることがあるのも事実。だから、嫌いじゃない。
「……そうか!」
何が嬉しかったのか分からないが、満足そうに笑った出茂鹿さんに、俺も微笑み返した。
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