雲外蒼天-本編- | ナノ


▼ 君を想う理由-03- 土井side


きょろきょろと辺りを見渡しながら私は学園内を歩く。気配を探ろうにも彼のそれは酷く読みずらくて、遠くからはわかりにくい。 

そんな優秀なこの学園の事務員は、今日も休みなく働いている。昨日も一昨日もそのまた前も……、いつも休憩も録に取らないで黙々と仕事をする彼が心配になる。この間の丸一日の休暇も結局、外で仕事をしていたし、帰ってきてからは小松田くんのやらかした作業を手伝っていた。それでも毎日にこにこと笑って太陽のように優しく私達に接する姿はまるで、ーーーーだ。

自分のことに対しては無頓着なのに、周りを見る目は誰よりも長けている。だからこそ、教職員も生徒も蓮夜を放っておけないのだろう。

と、その時彼の気配を感じその方へ足を進めると地面を見つめたまま動かない彼の姿が目に入った。一瞬、不安な気持ちになった私は一気に距離を詰め、そして蓮夜の肩を叩いて顔を覗き込んだ。

「蓮夜?」
『ああ、土井先生!お疲れ様です。』
「どうかしたのか?」

そう聞けば、ふふっと可笑しそうに笑う蓮夜に私はほっと息を吐く。気分でも悪いのかと、何かあったのかと思ったから元気そうな顔を見て安心した。

『いえいえ、なんでもないですよ。ただ、喜八郎の蛸壺の数をなんとかできないものかと思案していただけで。』

その言葉のとおり辺りを見渡せば土の色が変わっている場所がところ狭しとある。これ、全部埋めてくれたのか。

「ああ、なるほどな。地面を見つめて動かなかったから、てっきり具合でも悪くなったのかと思った。」

後で喜八郎の直属の先輩である作法委員長の仙蔵に言っておこう。それに喜八郎は蓮夜のことをかなり好いていたはず。ならば少しは自重してくれるはず、たぶん。

『ふふ、心配性ですね。』
「まあ特に相手が蓮夜だからね。」

蓮夜からしたら心配性に見えるのだろうな、この学園にいる全員は。でもそれは、相手が彼だから特に。あまりにも不思議そうにする蓮夜が可愛くて、くすっと笑う。

「お前は無理ばっかするから。」
『……?してませんよ?』

こてんと首を傾げる蓮夜に私はほらな、と呟いた。本当に自覚がないのは困ったもんだ。どうしたものかと考えていれば、その思考を遮るように、どこに行くのかと訪ねてきた。

「ああ、午後から休みがとれてね。大家さんに家賃を払いに行くんだ。それから、街でゆっくり甘味でも食べようかと思って。」

そんなのはただの口実。別に家賃なんていつも遅れているし、街まで行かなくても食堂のおばちゃんが甘味くらい作ってくれる。でもわざわざ休暇を取ったのは、

「で、蓮夜も一緒にどうだい?」
蓮夜に休んでもらいたくて、ね。

仕事があるから、と困ったように断る蓮夜に私は1枚の紙を懐から取り出す。
それは、吉野先生と学園長先生の許可が入った外出許可証。彼らはこの事を提案するとあっさり、さも当たり前かのようにすぐに許可を出した。つまり、だ。思うところは皆同じなのである。

「私と街に行くのは嫌か?」

責任感の強い蓮夜を動かすにはこれくらいしないと。最後の押しの一言を言えばやっと頷いてくれた。それが嬉しくて、蓮夜の頭を撫でれば子供じゃないとむくれる。そんなところが可愛く見えるのだけど。でも、

「俺なんか……、かぁ。」

どうも蓮夜は自己に対して卑下することが少々ある気がする。
だから、だろうか。私の気持ちを知って欲しかったからなのか分からないが、大家さんの前で嘘偽りない言葉が咄嗟に出た。

「血は繋がってないけど…。"弟"みたいな存在なんですよ。」

そう言ったときの蓮夜は少し嬉しそうな、照れ臭そうな、優しい顔をしていた気がする。勘違いでなければ嬉しいが……。そう思いながら、目の前で菓子を食べる蓮夜を見た。
もしゃもしゃと美味しそうに菓子を平らげる姿は年相応で、いつもの大人びた雰囲気は奥に隠れている。そんな彼に思わず笑みが溢れてしまう。

『……土井先生、あのー…』

不意に手を止め俺の名を呼んだ彼に首を傾げる。しかし、蓮夜は言葉を濁した。ああ、またか。いつだって肝心なところで私は彼の言葉を引き出せない。

「……蓮夜、たまには私達を頼ってくれてもいいんだぞ? 先刻も言ったがお前はいつも無理をするから。」

俯向き加減だった蓮夜にそう言えば、目をまんまるくしてキョトンとする。それから、一呼吸置いてからふっ、と口角があがった。何かを悟ったような、そんな風に見えた表情の後、彼はいつもの大人びた顔に戻っていた。

『心配性ですね、みんな。』

それは、蓮夜だからさ。
本当に知らないのか、知らぬふりをしているのか。それは私達には分からない。

『……幸福者だな。』

ぼそりと呟いた蓮夜の言葉に。その表情に。胸が駆り立てられた。


守りたいと、
家族になりたいと、
……また願ってしまった。



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