雲外蒼天-本編- | ナノ


▼ 君を想う理由-02-


「蓮夜くんだっけか。また遊び来なさい。」
『ふふ、ありがとうございます。』
「じゃあ大家さん、失礼します。」

大家さんにちゃちゃっと家賃を支払って、長屋を後にする。
土井先生は、家賃を払ったことでしばらくは大家さんに立ち退きしろとか小言を言われないことが嬉しいのか上機嫌で鼻唄を歌いながら隣を歩いている。なにこれ、可愛い。

『良かったですね、今回は言われる前に払いにこれて。』

いつも休みがとれないからきり丸に払いに行ってもらったり、期限を少し過ぎてからだったり……。家に帰る度に何かしらのお小言をもらうのは案外辛いし、めんどくさいもの。それにしても、

「おや、初めて見る顔だね。半助の知り合いかい?」
「ええ、血は繋がってないけど…。"弟"みたいな存在なんですよ。」
『………えっ、…?』


……………っ、嬉しかったなあ。
土井先生の家に行ったことは何度かあるけれど、いつも大家さんには会わなかったしな。なにを言われるかと思ったけど、まさかあんなことを土井先生から聞けるとは。
嬉しくて嬉しくて。とにかくにやにやしてしまいそうなのを必死で堪えたけれど、たぶん隠しきれては無いんだろうなあ。

「蓮夜、ーー蓮夜?」
『……あ、はい!』

しみじみと先程の出来事を思い返していれば、不意に呼ばれた自分の名に一瞬反応できなかった。

「甘味屋なんだが、蓮夜が行きたいところはあるか?」
『いえ、土井先生にお任せしますよ!』
「はは、なら美味しいところを知ってるんだ。」

前もそうだった。一度、山田先生と土井先生と3人で甘味を食べた時も一番に俺の行きたいところを聞いてくれて、お任せすると言ったら甘味好きでいろんなお店を知っているはずの俺が知らないところに連れてってくれた。そして今日も。

『〜〜、滅茶苦茶美味しい!!』

目の前の鮮やかな菓子はどんどん俺の腹の中へ消えていく。こんな場所にこんなに美味しい甘味屋があったなんて。連れてきてくれた土井先生に感謝しないと。

「そんなに喜んでもらえるなんて、連れてきた甲斐があったよ。」

ふふ、と微笑む彼は本当に優しくて男前で、兄……みたいで。兄さん、って言いたくなる衝動に駆られる。

『……土井先生、あのー…』
「どうした?」
『あー、…いえ、……なんとなく呼んでみただけです。』

駄目だ。呼べるわけ無いでしょ。『兄さん』なんて。それに精神的には俺のが上だし、不意に彼が弟に見えるところだってあるし、何より俺が彼を兄と呼ぶのは図々しい。

……俺には、家族には朱華と月牙がいる。十分すぎるじゃないか。これ以上、なんて求めたら駄目だ。求めすぎたら駄目だ。ああ、学園にいたら幸せすぎてどんどん貪欲になっていく。あれも、これも、それも、ぜーんぶ欲しい。この両腕に収まらないほどに、…………なーんて。甘やかされて育った餓鬼じゃあるまいし。
うー、と頭を悩ませていればまた名前を呼ばれた。

「蓮夜、たまには私達を頼ってくれてもいいんだぞ?」
『…?』
「先刻も言ったがお前はいつも無理をするから。」

少し眉を下げて困ったように笑う土井先生に俺はキョトンとする。そしてあとから笑みが込み上げてきて口角がふっとあがった。本当にもう、

『心配性ですね、みんな。』

くすっと笑えば土井先生は、呆れたようにはぁとため息を吐いた。あ、酷い。

分かってるつもりだよ、一応ね。
でも中身は良い歳こいた大人だし、自分の都合とか問題で周りに迷惑かけたくないし振り回したくない。それに、そういう風にみんなに思ってもらえてるだけで俺は助かってるんだ。俺ってば、本当に

『……幸福者だな。』



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