▼ 君を想う理由-01-
ぐさっ、と持っていた鋤を地面にさした。
『これで良し、と。』
たしかこれで全部だったはずなんだけど。俺は辺りをぐるっと見渡した。
しかし、喜八郎の掘り癖はどうしたものかな。確かにすごく綺麗だし、ここは学園内だから危険な場所以外にはどこに罠を仕掛けててもいいという規律はあるが。
『……これは、多すぎだなぁ。』
俺の埋めた蛸壺がそこかしこにある。誰かが落ちた後のものと、俺が未然に防いだもの。なんていうか、下級生と保健委員が落ちまくってて、助け出す方も大変なのだ。うん、喜八郎も悪気は無いはずなんだけどね、たぶん。あーでも、作法委員だからなんとも言えないかもしれない。よし、数を減らしてくれるように頼んどこう。俺の仕事も増えるしな。
「蓮夜?」
『ああ、土井先生!お疲れ様です。』
地面を見つめて考えていた俺の肩をとんとんと叩いてこちらを覗き込んだのは、昨日も1日胃を押さえていた土井先生だった。
「どうかしたのか?」
少しだけ心配そうにした彼を見て、本当に年下の俺達や生徒に対して過保護だなぁ、なんて思って頬が緩んだ。
『いえいえ、なんでもないですよ。ただ、喜八郎の蛸壺の数をなんとかできないものかと思案していただけで。』
くすりと笑えば、彼は辺りを見回して苦笑いした。
「ああ、なるほどな。地面を見つめて動かなかったから、てっきり具合でも悪くなったのかと思った。」
『ふふ、心配性ですね。』
「まあ特に相手が蓮夜だからな。」
土井先生の発言に俺は首を傾げる。一体どういう意味なのだろうか?
「お前は無理ばっかするからな。」
『……?してませんよ?』
俺は土井先生の方が無理してると思うんだけな、と頭にはてなを浮かべる。すると土井先生は何故か呆れたように笑って、ほらなと呟いた。それにもう一度だけ首を傾げたが、俺はそんなことより気になっていたことを思い出した。
『それより、今からどこか行かれるのですか?』
そう、土井先生の格好はいつもの忍服ではなくて私服なのだ。それに周りには1年は組の姿がない。
「ああ、午後から休みがとれてね。大家さんに家賃を払いに行くんだ。」
その言葉になるほどと頷いた。
しかし休みが取れたのは珍しいんじゃないか?いつも土井先生は、仕事に補習に終われているのに。
「それから、街でゆっくり甘味でも食べようかと思って。」
にこにこと話す土井先生に俺はふと、可愛いなーなんて思う。25歳のくせになんなんだ。くそー、俺の外見が精神年齢のまんまの姿なら頭を撫でまわしてるぞ。
「で、蓮夜も一緒にどうだい?」
あ、でも今の15歳の姿だったらぎゅっと抱きついても問題は、………あるよねー。俺みたいな奴にいきなり抱きつかれても反応に困るだろうし、どん引きされたら辛い。よし、代わりと言ってはなんだけど後で1年生達を抱きしめに行こう。それなら許されるはず。
『……って、はい?』
「蓮夜も一緒に甘味食べに行かないかい?」
えっと、
……な ん で そ う な っ た ?
目の前で優しく笑う土井先生に俺は固まる。いや、嬉しいんだ。すっごく嬉しいんだけどさ。せっかくの彼の僅かな休みに俺を誘ってくれたことに困惑してるんだ。俺じゃきり丸の代わりなんかにはならないぞ……?俺に一体どうしろと。それに、
『行きたいのは山々なんですが、午後も仕事が片付きそうにないかと……。』
おずおずとそう言えば、土井先生はぴらっと紙を懐から出した。
「吉野先生と学園長先生から許可は頂いてるよ。」
ぱちんとウインクをする土井先生は見惚れるぐらい格好いい。……じゃなくて、なんて準備が良いんだと彼の手にある外出許可証を見た。
「私と街に行くのは嫌か?」
固まったまま動かない俺を見て、少ししょんぼりした土井先生に俺は心の中で叫びたくなった。なに。なんなの。土井先生は俺をキュンキュンさせてどうしたいの。俺の中の"あたし"がいつか鼻血出して倒れるよ。
『あ、そうではなくて、そのー…。』
何故、学園長も吉野先生も俺が午後から街に行くのを賛成してくれたのかは知らないが、なんだ、とりあえず言いたいのはせっかくの貴重な休みを俺と過ごしていいのかと言うことだ。でも、本人が誘ってくれていると言うことはそう言うことだよな。
『……俺なんかで良ければ、是非。』
わざわざ許可をとってまで誘ってくれたことが嬉しくて、頬が緩む。それを見せたくなくて俯けば土井先生はくすっと笑って頭を撫でた。
『っもう、俺は子供じゃありませんよ?』
少しむくれれば土井先生は、気にしなーいの、と撫でることをやめなかった。まあ悪い気はしないけど、一応言っておくけど俺の中身三十路超えてるからね。
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